村上春樹で聞くクラシック音楽(長編小説篇)
村上春樹さんの作品中にはたくさんのクラシック曲が登場しますよね。その中でももっとも重要な位置を占めると思われる作品をまとめてみました。
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その場面の音楽が意味するものは何か
私はクラシック音楽ファンであり、ハルキストです。批判を受けがちな村上春樹さんの作品についてもっと深く知って、もっとその意味を探求したい、そんな思いを持っています。
しかし、全ての音楽作品を知っている必要はありません。
今回は、その文学を理解するために大きな効果をもたらすと思われる重要な音楽を私の独断と偏見によって集めてみました。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
リスト:『巡礼の年』より「ル・マル・デュ・ペイ」
リスト作曲『巡礼の年』<第一年;スイス><第二年;イタリア><ヴェネチアとナポリ><第三年>の4集からなる作品です。ル・マル・デュ・ペイは<スイス>の8番目の曲で郷愁を意味します。作品中では高校生の「シロ」がよく弾いていた曲。この曲はリスト特有の技巧性はみられません。重く、死を感じさせながらも美しい曲であると言えるでしょう。20代から60代にかけてリストが訪れた土地などに影響を受けて作られた曲。本のタイトルにも含まれている通り、重要な曲であると言えます。
1Q84
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
この曲は1Q84のテーマ曲だと言っても差し支えないでしょう。天吾と青豆を結びつける曲。
「曲はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ。」(book1より)
「ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』の入ったカセットテープを手に入れなくてはと青豆は思う。運動するときに必要だ。」(book3より)
青豆はシンフォニエッタに送り出されながらパラレルワールドに迷いこみ、シンフォニエッタとともに天吾を求めます。
海辺のカフカ
ベートーヴェン:大公トリオ
「ルービンシュタイン=ハイフェツ=フォイアマンのトリオです。当時は『百万ドル・トリオ』と呼ばれていました。まさに名人芸です。」(海辺のカフカより)
「中にはもう少し構築的で剛直な『大公トリオ』を好む方もおられます。たとえばオイストラフ・トリオとか」(海辺のカフカより)
本文中にもあるように、明らかな差異があることがわかります。今では百万ドルトリオって何?という方も多いでしょうが少し前までは名を馳せていたトリオ。特にヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェッツが有名です。ピアノはルビーンシュタイン、チェロはフォイアマンの演奏です。決して技巧的に走ることなく情緒たっぷりの演奏となっています。それに対して、文章中にもあるようにオイストラフ・トリオは構築的で剛直。どちらかといえば、ベートーベンらしい演奏をしているのは後者と言えるかもしれません。
スプートニクの恋人
モーツァルト:『すみれ』
「彼女は『すみれ』というモーツァルトの歌曲が大好きで、…。…エリザベート・シュヴァルツコップフの歌と、ヴァルター・ギーゼキングのピアノ伴奏。」
名前を選んだのは、父親の話によれば、亡くなった母親だった。彼女は「すみれ」というモーツァルトの歌曲が大好きで、自分にも娘ができたらその名前をつけようと前々から決めていたのだ。
(スプートニクの恋人より)
この曲はすみれが唯一、母親からの愛情を感じ取ることのできた曲。ゲーテの詩から歌詞がつけられています。
すみれが野原に人知れず頭を垂れていた。
かわいらしいすみれだった!
そこへ若い羊飼いの娘が、足取りも軽く、心も軽く、やってきた。
野原の道を歌いながら。
すみれは思った。
ああこの世で一番きれいな花になりたいと。
ああもうすぐだ。
あのいとしい人が僕を摘んで胸にそっと押し当てるぞ!
ああ、ほんの、ああ、ほんの15分ほどでいいんだ。
少女はきたが、すみれに気づかずに近寄って、
可哀相にすみれを踏んでしまった。
すみれは倒れて死んだが、嬉しかった。
僕は死ぬけれど、でも死ぬのは、あの人の、あの人のお陰。
あの人の足もとで死ねるのだ。
この詞の内容によりすみれは母親を憎むこととなってしまうのですが、
この詞の意味するものは…
ねじまき鳥クロニクル
ロッシーニ:泥棒かささぎ序曲
「僕はFM放送にあわせてロッシーニの『泥棒かささぎ』の序曲を口笛で吹いていた。…クラウディオ・アバドは今まさにロンドン交響楽団をその音楽的ピークに持ちあげようとしていたのだ。」(第1部より)
「『泥棒かささぎ』の旋律が何度も何度もまじないか何かのように繰り返された。…子供のころ僕の家にはトスカニーニの指揮するその序曲のレコードがあった。」(第3部より)
ロッシーニのオペラ『泥棒かささぎ』の序曲。ねじまき鳥クロニクルの第一部の副題は「泥棒かささぎ篇」でしたね。この「泥棒かささぎ」オペラは、権力者に囚われたヒロインが絶対的な権力者によって救われるという内容ですが、ねじまき鳥クロニクルの主人公は、この曲をスパゲッティーを茹でる10分の間に決まって聞きます。スネアドラムのロールから始まり、管楽器が華麗なソロを奏でる美しい曲。主人公の過ごす平和な時間を象徴しているようです。
村上春樹作品はクラシック音楽の宝庫
いかがでしたか?村上春樹さんの作品にはたくさんのクラシック音楽が登場してきますが、どれもその場面を絶妙に表現した音楽ばかりですね。また、これらの音楽は諸作品の理解を深めるだけでなく、読者のクラシック音楽の造詣までも深めてくれます。文学作品からお気に入りの曲を見つけるというのも、音楽との素敵な出会い方ですね。
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この記事のライター
クラシック音楽と文学と少々のお酒をこよなく愛する20代。現在は筋トレにハマりはじめている。慶應義塾大学在学中。