村上春樹で聞くクラシック音楽【短編小説編】
村上春樹さんはその文学作品だけではなく音楽への造詣の深さでも知られています。今回は抑えておくべき短編小説5つとそこにあげられている全クラシック音楽について取り上げ解説します。
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アイキャッチ画像出典:henmi42.cocolog-nifty.com
国内外で活躍する小説家、村上春樹
村上春樹は日本国内外で活躍する小説家。毎年のように、ノーベル文学賞を取るのではないかと騒がれる有名小説家です。その著作は様々な言語に翻訳され、世界中の読者に愛読されています。早稲田大学在学中にジャズ喫茶を開くなどその音楽への造詣の深さも有名です。1979年に「風の歌を聴け」でデビューをし、偶像新人文学賞を受賞、その他、素晴らしい遍歴を持っています。
村上春樹の短編小説とそのクラシック音楽
村上春樹の作品中に登場する音楽は特有の世界観を持っています。登場するのは、主にクラシック音楽、ジャズ、ロック。また、村上春樹の短編小説はその一冊一冊にテーマがあるのですが、どの音楽もその作品のテーマにそうように選ばれており、物語性に効果的に影響を与えています。村上春樹の著作には小澤征爾との対談本もありますが、その中で小澤征爾にそのクラシック音楽の造詣の深さを感心されているほどです。今回は、そのような村上春樹の短編小説に登場するクラシック音楽について解説していきます。
蛍・納屋を焼く・その他の短編
『蛍・納屋を焼く・その他の短編』は村上春樹の第3の短編小説。長編小説『ノルウェイの森』の原型となった『蛍』や、「納屋を焼く」のが趣味なエリートをめぐる『納屋を焼く』、随想風の『3つのドイツ幻想』など計5つがまとめられた短編小説です。どの小説もある種のメタファーとして成立しており、ある観念の具象化を目指した観念小説と言えるかもしれません。『「ある概念が何を語るか」を説明するには一つ「お話」をしなければならない』と語ったのは自他共に認める村上春樹ファンでもある内田樹ですが、その言葉をまさに達成しているのがこの小説なのかもしれません。
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
チャイコフスキーの弦楽オーケストラのための作品。メランコリックで力強い序章を持つ第1楽章から始まります。第2楽章はチャイコフスキーが交響曲などで多用するワルツ。軽やかで親しみやすいワルツです。穏やかで悲哀に満ちた第3楽章はそのまま感動的な第4楽章の序奏へとつながります。
ヨハンシュトラウス:ワルツ
ヨハンシュトラウスのワルツで最も有名なものといえば『美しく青きドナウ』でしょうか。上の動画はクラシック界の巨匠ダニエルバレンボイムの指揮。よく聞くことができる日本でおなじみのテンポとは大分異なった演奏ですが、とても素晴らしい演奏です。この曲を作ったヨハンシュトラウス2世はその人生のほとんどをウィンナワルツ・ポルカなどの作曲に捧げ、「ワルツの王」などと呼ばれています。この曲の他にも『ウィーンの森の物語』、『皇帝円舞曲』などが有名です。
ラヴェル:ダフニスとクロエ組曲
ラヴェルはフランス印象主義の作曲家。日本では特に人気のある作曲家です。フランス印象主義の音楽はあまり旋律・メロディーが重要視されることがなく、その音楽の雰囲気などが重要視されています。この曲も幻想的な雰囲気が醸し出されます。ダフニスとクロエはラヴェルが作曲したバレエ音楽の中では最も有名なものであり、管弦楽曲としても演奏機会の非常に多い曲です。
回転木馬のデッドヒート
回転木馬のデッドヒートは1985年に発表された短編小説です。村上春樹はこの短編小説の初めに、この小説は厳密な意味での小説ではなく、何人かの人たちの話をきき、その話についてまとめたものであると語っています。本当にこれらの話が村上春樹に語られたものであるか否かを知ることはできませんが、どの小説も村上春樹の「厳密な小説ではない」という言葉とは裏腹に、見事な短編小説へと昇華されています。中年の婦人から聞いた『レーダーホーゼン』、画廊の女主人のみた衝撃的な絵をめぐる『タクシーに乗った男』、人生の折り返し地点を決めた男をめぐる『プールサイド』などの短編小説がまとめられています。
ブルックナー:シンフォニー
ブルックナーは交響曲と宗教音楽の大家。ワーグナーに交響曲第3番を評価されるなどはありましたが、ブルックナーの交響曲は生前はほとんど評価されませんでした。マーラーなどと共に最近になって再評価されるようになりました。ブルックナーは後期ロマン派の急進派であるワーグナーを崇拝していましたが、彼自身の音楽はミサ音楽など保守的なものが多く、崇拝する師とは正反対の音楽を作っていたことなどが知られています。上の動画はブルックナーの交響曲の中では最も演奏機会の多い交響曲第4番の演奏になっています。
パン屋再襲撃
パン屋襲撃は村上春樹の初期作品です。上の画像のように、第二編は『パン屋を襲う』として発行されました。『パン屋襲撃』について、村上春樹は「どうしてこんな変な話を思いついたのか、今となっては記憶が辿れない」と語っています。『パン屋襲撃』には1組の夫婦が登場しますが、実はその夫婦は長編小説『ねじまき鳥クロニクル』で再び登場する夫婦でもあります。妻は直感的に行動し、夫を翻弄し、結局はパン屋を襲撃することにするのです。村上春樹に登場する女性はいつも直感的に行動している印象がありますね。
ワーグナー:タンホイザー序曲
共産党員のパン屋の主人が耳を傾けていたこの曲。先ほどのブルックナーの敬愛していたワーグナーの代表的な曲です。ワーグナーの完成させた第5番目のオペラ『タンホイザー』の序曲です。序曲とはオペラの最初に演奏される曲のことです。「巡礼」をテーマにした曲のため、「旅に出る」イメージで作られたのかもしれません。ドラマ「白い巨塔」でも用いられていた曲なのでそのイメージのある方も多いのではないでしょうか。
ワーグナー:彷徨えるオランダ人序曲
神罰によって、この世と煉獄の間を彷徨い続けているオランダ人の幽霊船があり、喜望峰近海で目撃されるという伝説に着想をえたワーグナーが作ったオペラ『彷徨えるオランダ人』序曲。映画音楽のような劇的な序奏の後の倍音の深いコールアングレのソロが印象的です。まさにワーグナー!といったサウンドが楽しめる曲です。
ショスタコーヴィチ:チェロ・コンチェルト
ここまで聞けば、もはや村上春樹がこの本でどのような小説な展開をしていったのか音楽だけでわかるような気がしませんか?どこか喜劇的で少しわざとらしい展開を見せる曲が多いですよね。実際にこの小説というのはそのような展開を見せるのです。この曲も今までと同様そのような曲調を持つ音楽。ショスタコーヴィチはソビエト連邦の作曲家。交響曲第5番『革命』などが有名です。ピッコロなどの高い音の動きがチェロの旋律に対してとても良いアクセントを与えています。
ロッシーニ:泥棒かささぎ
ロッシーニのオペラ『泥棒かささぎ』の序曲。ねじまき鳥クロニクルにも登場するこのシーン。「ねじまき鳥クロニクル」第一部の副題は「泥棒かささぎ篇」でしたね。この「泥棒かささぎ」オペラは、権力者に囚われたヒロインが絶対的な権力者によって救われるという内容ですが、主人公は、この曲をスパゲッティーを茹でる10分の間に決まって聞きます。スネアドラムのロールから始まり、管楽器が華麗なソロを奏でる美しい曲。主人公の過ごす平和な時間を象徴しているようです。
TVピープル
パン屋再襲撃の次に発表された短編小説集。『TVピープル』をはじめ、『加納クレタ』『ゾンビ』など全6編を集めた短編小説集です。長編小説『ねじまきどりとクロニクル』をお読みの方はピンと来られたかもしれませんが『加納クレタ』は『ねじまき鳥クロニクル』に登場する「水の音を聞く」ことを生業とする人物です。村上春樹にとって、長編小説、短編小説、そして翻訳、この3つ全てが重要なものであるといいます。3つがバランスよく彼の中で成立することで初めて村上春樹のペンを滑らせることになるのです。短編小説『加納クレタ』は『ねじまき鳥クロニクル』に影響を強く与えています。
プッチーニ:ラ・ボエーム
最もよく演奏されるイタリアオペラの一つである『ラ・ボエーム』。上の動画は『ラ・ボエーム』から『私の名はミミ』です。このオペラは難病を抱えたミミと貧乏な青年ロドルフォの恋の物語です。ロドルフォはミミの難病を治すお金を用意することができず、金持ちのパトロンと結婚させますが、ミミはロドルフォのことを忘れることができない、という物語です。
プッチーニ:トゥーランドット
同じくプッチーニのオペラ、『トゥーランドット』。氷のように冷たい心を持つ皇帝の娘トゥーランドットとカラフの愛の物語です。上の曲は『トゥーランドット』の中で最も有名な『誰も寝てはならぬ』。トゥーランドットは「3つの謎を解いた者を夫として迎えるが、その謎を解けなかった者は斬首の刑」していました。カラフは見事その謎を解き、結婚を迫るのですが拒まれます。そこでカラフは逆に「わたしのなまえを明らかにすることができたら命を捧げよう」と謎を出したのです。トゥーランドットは彼の名を知るために民に「彼の名がわかるまで誰も寝てはいけない」という指令をだし、血眼になって彼の名前を調べさせます。
夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説
村上春樹と安西水丸の短編小説(ショートショート)集です。この小説集はタイトルからクラシック音楽との関連があります。村上春樹自身が「『夜のくもざる』は、じつはラヴェルの『夜のガスパール』のパロディーです。似ても似つかないものではありますが。」と語っているのです。ラヴェルは先ほども述べた通り、フランス印象主義のクラシック音楽の作曲家です。『夜のガスパール』とはフランスの詩人ルイ・ベルトランの詩集であり、ラヴェルはそれに構想を得て『夜のガスパール』というピアン組曲を作っています。
ブラームス:ピアノ・コンチェルト
マウリツィオ・ポリーニとクラウディオ・アバドの共演した上の演奏は名演ですので是非聞いてください。『夜のくもざる』には「…ホルンとホルン吹きは今手に手をとって晴れ晴れしい舞台に立ち、ブラームスのピアノ・コンチェルトの冒頭の一節を奏しているのだ。」とあります。弦のトリルが印象的な序奏です。管楽器の短調のベースにのせて印象的に弦が鳴り響いています。
モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421
「ところであなたは、モーツァルトのK四二一が短調か長調かどちらかご存じですか?」と本にはあります。「どんな問いだ!」と思わず突っ込んでしまいそうになってしまいますね!この記事を書いている私はそこそこクラシック音楽に詳しい方だとは思いますが、これを読んだ時にはこの問いには答えられませんでした笑。モーツアルトですし、長調でしょうか?いえ、彼には珍しく短調の曲です。短調ではありますが、爽やかな喜びが感じられるような美しい弦楽四重奏です。
短編小説とそのクラシック音楽の魅力
いかがでしたでしょうか。村上春樹の短編小説はそれをただ読むだけでも十分面白みが感じられますが、その音楽を徹底的に調べてみるとそのセレクトの精緻さが分かります。全てその場面に絶妙に合っており、その音楽がまた作品の雰囲気を表してもいるのです。マイナーな曲から有名曲まで色々な曲が取り上げられており、まるで映画やドラマのように効果的に場面を説明していますね。村上春樹の魅力はクラシック音楽だけでなく、ジャズやロックにもありますので是非そちらも合わせてお聴きになってください。
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この記事のライター
クラシック音楽と文学と少々のお酒をこよなく愛する20代。現在は筋トレにハマりはじめている。慶應義塾大学在学中。