アラブの天才現る!1975年からのエリザベート王妃音楽コンクール
1975年からのエリザベート王妃音楽コンクールは、個性的な2人の入賞者を含んでいます。ひとりは、1975年3位入賞のユーリ・エゴロフ、もうひとりは1978年優勝のアブデル・ラーマン・エル=バシャというアラブの天才ピアニストです。巨匠エル=バシャとはどのような人なのでしょうか。
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ソ連のコンクール不参加
出典:pixabay.com
1938年から続いているエリザベート王妃音楽コンクールですが、今回は1975年と1978年の入賞者たちをご紹介します。ただ1975年を境にしてロシア(旧ソ連)のピアニストの名前はありません。当時ソ連はアジアやアフリカに勢力を拡大する政策で、アメリカを中心とする資本主義国との対立が世界中から注目されていました。
頂点はソ連のアフガニスタン侵攻という事件です。これは世界中から非難の声があがり、オリンピックに限らず、エリザベート王妃音楽コンクールにも影響が出る結果となりました。1976年のヴァイオリン部門まではソ連として参加していた記録があります。
しかし、この後参加は許可されなかった、またはベルギー側が拒否したようです。その後ちらほらと「無国籍」でロシア人と思われるピアニストが参加していますが、はっきりと国籍を名乗れるようになったのは10年も後でした。このようなところまで政治の世界は影響してしまうことは、本当に残念なことです。
1975年 1位 ミハイル・フェールマン
1975年開催のコンクールでは、1位にロシアのフェールマンが入りました。彼は1955年生まれでモスクワ音楽院で同コンクール3位で名ピアニストを数多く世に送り出したヤコフ・フリエールに師事しました。
コンクール優勝後は、コンサートピアニストというよりは後進の指導に道を見出したようです。そのままベルギーに留まり教授職に就いていますが忙しいのか、CDなどの録音はありません。
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BRT Symphony Orchestra , Irwin Hoffmann, Mikhaïl Faerman
収録アルバム: Queen Elisabeth Competition - 1951-2001: 50 Years of Emotion
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3位 ユーリ・エゴロフ
3位の1954年ロシア生まれのエゴロフは、世界の名だたるコンクールで上位に入賞している実力派ピアニストです。チャイコフスキー、ロン・ティボーとあちらこちらのコンクールで3位、4位という成績を残したのですが、その後亡命しています。当時のロシアは「旧ソ連時代」ですので、現在とは違いピアニストたちの監視はかなり厳しかったということです。
コンクール入賞後に亡命するピアニストは多く、自由に世界で羽ばたくためには「逮捕」「牢獄」も覚悟の脱出であっただろうと推察します。しかし、エゴロフはその後「同性愛者」「エイズ」を告白したあと34歳という若さで、惜しまれながら世を去りました。
彼の演奏は、多少クールな感じですが現在もファンは多いようです。
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Claude Debussy (作曲), Yuri Egorov (Piano)
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6位 オリヴィエ・ギャルドン
6位入賞のギャルドンは、1950年フランス生まれです。幼少時にすでに才能を認められていた人で、名高いフランスの国際コンクールであるロン・ティボーで優勝しています。コンクールの受賞あとは、世界的なピアニストとしての演奏活動や世界各地で更新の指導をしているということです。ドビュッシー、ビエルネ、ビゼーといったフランスの作曲家はもちろんですが、リストなどの技巧的な曲も得意としています。
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Olivier Gardon
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1978年 1位 アブデル・ラーマン・エル=バシャ
1978年の1位は、1958年レバノン生まれのエル=バシャです。両親が音楽家という恵まれた家庭で育ち、パリ音楽院で学ぶというチャンスを逃さなかったことは、彼にとって大変な幸運だったといえます。同校の主席卒業後、審査員の満場一致のコンクール優勝となりました。
その天才ぶりはその後の活躍にあります。古典、ロマン派、現代音楽とあらゆる分野のピアノ曲、協奏曲をレパートリーに入れており、世界の主要なオーケストラとの協演など世界的なピアニストとして今世紀を代表するピアニストの1人です。
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3位 ブリジット・エンゲラー
エンゲラーは1952年フランス生まれです。パリ音楽院、モスクワ音楽院で名ピアニストであるスタニスラス・ネイガウスに師事しました。フランスの名高いロン・ティボーコンクールでも入賞を果たしています。独奏曲のみならず室内楽曲も得意としており、ロシアの名ピアニストのベレゾフスキーとのデュオも好評でした。
日本での知名度はあまりないようですが、海外では人気の高い女流ピアニストであったといえます。ショパンなどのロマン派、高い技巧が要求されるリストも得意としています。2012年にパリで死去したということです。
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ピアニストとエリザベート王妃国際音楽コンクールの今後
第二次世界大戦が終わり30年経ち、世の中が平和になるとピアニストの特徴も戦前とは変わってきたようです。戦前戦後のピアニストには「生と死」の淵に立った人たちの「気迫」というようなものが伝わってくる「鬼気迫る」雰囲気がありました。平和な時代になり、ピアノの音楽も違ったものとなり「真に迫る」「心に訴えかける」ものは少なくなり、技術力ばかりが先に立つものが人気があり「薄い音楽」になった気がします。
エリザベート王妃国際音楽コンクールは、この1970年代を境にして他の「チャイコフスキーコンクール」「ショパンコンクール」のふたつに、実力あるピアニストの人気を奪われていくような気配があります。その理由は、コンクールのやり方に問題があると指摘する声もありますが、1938年から78年以上続く歴史あるものですから今後も続けて欲しいものです。
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この記事のライター
検査技師をしておりました。現在は家庭に入り、ライター、アンティークドールのディーラー、人形関連の制作と売買、ピアノ講師などをしています。趣味の薔薇や犬、鳥の世話と夫と子供の世話に忙しい毎日です。