【プロ野球の歴史】千葉ロッテマリーンズの優勝ストーリーと地域密着戦略

千葉ロッテマリーンズが現在のチーム名になったのは1992年に本拠地を千葉に移してからです。
前身はパ・リーグに加盟した毎日オリオンズ。その後、大映スタ-ズや高橋ユニオンズを吸収し、大毎オリオンズ、東京オリオンズと名前を変え、69年からロッテオリオンズとなりました。
(本文中、敬称は略しました)

yuuki_kazuma結城数馬
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日本プロ野球初のメジャー監督・バレンタインのチーム改革

マリーンズの歴史は、ボビー・バレンタイン監督時代から見ていきましょう。
1995年にマリーンズは日本球界初となるGM制度を導入し、かつてヤクルトスワローズを初優勝に導き、西武ライオンズの黄金時代を築いた広岡達朗をGMに迎えました。その広岡が監督として招聘したのがバレンタインでした。

バレンタインの改革はまずユニフォームの変更でした。当時のマリーンズのユニフォームの一部にはピンク色が使用されていて、ピンクは戦うチームの色として相応しくないと変更を願い出たのでした。
バレンタインはアメリカでは行われない1,000本ノックをみずからの現役時代のセカンドのポジションで受けるなど、日本野球の理解に努めました。
また、ベンチ入りできる25人の選手と、ファンもともに戦っていることを示すため、背番号26をファンの背番号として欠番扱いにし、常に背番号26のユニフォームをベンチに掲げてファンとの一体化にも努めました。
こうしてバレンタインはチーム改革を果たし、オリオンズ時代から続く9年連続のBクラス(4位以下)に終止符を打ち、チームを2位に躍進させます。
しかし、みずからを招いた広岡GMとの間に確執が生じ、1年限りで解任されました。

出典:千葉日報

ボビー・バレンタイン監督

出典:千葉ロッテマリーンズオフィシャルサイト

バレンタインが変更を要請したピンクのユニフォーム

出典:千葉ロッテマリーンズオフィシャルサイト

マリーンズのベンチ内に掲げられた背番号26のユニフォーム

バレンタインの栄光と挫折

バレンタインが去った後のマリーンズは再びBクラスが続いて低迷します。球団はチーム再建の切り札として2004年、再びバレンタインを監督として呼び戻します。
既に広岡はGMの職を去り、この時のバレンタインはチームの全権を握る監督として就任しました。

監督再就任1年目は、初めて監督を務めた95年以来となる勝率5割をキープしての4位。
勝負となる翌05年、バレンタインはプロ入り4年目の今江敏晃、3年目の西岡剛の2人を抜擢しようと考えます。そこでキャンプの頃からコーチや記者らに対して、今江と西岡に大きな期待をしていると事あるごとに話しました。当然、記者もコーチもバレンタインが期待していることを今江・西岡に伝えます。
実はこれは、自分で直接伝えるより第三者の伝聞として伝える方が効果が大きい、心理学で「ウィンザー効果」と呼ばれるものなのです。
2人はバレンタインの起用に応え、今江は前年の41試合出場、打率.257から132試合、打率.310、西岡は63試合、打率.255から122試合、打率.268の上に盗塁王のタイトルを獲得するに至るのです。
さらに、この年は渡辺俊介の15勝を筆頭に、清水直行、小林宏之、セラフィニ、久保康友、小野晋吾と6人の10勝以上の投手が誕生しました。
チームもこの年から開始された交流戦で優勝を果たすと、リーグ戦2位ながらプレーオフ(現クライマックス・シリーズ、以降CS)に優勝してリーグ優勝を飾り(当時はプレーオフ優勝チームがリーグ優勝)、日本シリーズ、さらにアジアシリーズとすべて優勝を果たす大躍進の年となりました。
毎試合のように先発メンバーの打順を入れ替えて臨むバレンタインの戦法は、「ボビー・マジック」と呼ばれました。

しかし、以降のマリーンズは07年の2位を除いてBクラスに低迷、バレンタインは09年限りで退団しました。
無敵の強さを誇った05年以降のチームの不振は、主力選手のケガや不振、移籍など様々な理由が考えられますが、最大の要因はすべての部門で優勝を果たしてしまったチームが、次の目標を見出すことができなかったことにあります。
これは大きなプロジェクトを達成したり、大事業を成し遂げたりした組織や企業によく見られる現象とよく似ています。
バレンタインはリーダーシップを発揮した優れた監督でしたが、頂点を極めたチームに対して、それを維持するモチベーションを与え続けることができませんでした。
このことは野球界に限らず、多くの経営者、指導者、リーダーが抱える悩みでもあります。

出典:日本プロ野球機構

日本シリーズ優勝が決定し、ナインに胴上げされるバレンタイン監督

出典:朝日新聞

現在もマリーンズの中心選手として活躍する今江敏晃

出典:読売新聞

2005年にチーム勝ち頭となる15勝を挙げたサブマリン投法と呼ばれる渡辺俊介の投球フォーム

下剋上を合言葉に再び日本一へ

そんなマリーンズが再び輝きを見せたのが2010年でした。この年、10月1日の最終戦で勝利して北海道日本ハムファイターズとの熾烈な3位争いを0.5ゲーム差、勝率わずか3厘差で制すると、CSで2位の埼玉西武ライオンズ、1位の福岡ソフトバンクホークスを退けて日本シリーズに進出、中日ドラゴンズとの日本シリーズにも勝利し、リーグ3位のチームが日本一に輝く「下剋上」を成し遂げたのです。この3位からの日本シリーズ優勝は、2014年までマリーンズ以外のどのチームもなしえていない偉業です。
目標を見つけると、チーム一丸となって目標を達成するマリーンズの特徴を示すエピソードでもあります。

出典:集英社 Sportiva

リーグ3位から日本シリーズ優勝を達成し、ナインに胴上げされる西村監督

出典:朝日新聞

日本シリーズのチャンピオンフラッグを掲げるマリーンズナイン

球団と自治体との友好な関係

マリーンズの本拠地・千葉マリンスタジアム(現在の名称はQVCマリンフィールド、以下マリンスタジアム)は千葉市が筆頭株主で、土地は千葉県の所有です。
マリーンズは2006年に千葉県と千葉市と協力し、マリンスタジアムの指定管理者となりました。これは自治体が球団に施設の運営を委ねる制度で、球団側にとっては営業権を確保することができます。
この制度を利用することで、球団はマリンスタジアムの改装を積極的に行い、サービスも充実させました。また、試合開催日に飲食店が球場周辺で出店できるように、千葉県に条例改正を働きかけました。これによって、飲食店の場所代が球団に入るようになっています。
同じように地域密着として球団名に地名を着けていても、先にご紹介した東京ヤクルトスワローズとマリーンズは収入の仕組みがこのように異なります。
マリーンズは自治体と協力して地域密着に成功した好例ということができます。

出典:千葉市公式サイト

千葉マリンスタジアム(QVCマリンフィールド)

出典:千葉市公式サイト

千葉マリンスタジアムの遠景。
東京湾に近く、風が強いことでも有名。

ロッテのチーム名はマリーンズ? ジャイアンツ?

親会社であるロッテは創業者の重光武雄が一代で築き上げた企業グループで、日本だけでなく韓国でもサムスンや現代と並ぶ財閥企業です。日本ロッテグループの総売上高が約4千億円であるのに対して、韓国ロッテの売上高は9兆円とも言われ、ソウル南東部の蚕室(チャムシル)には大型のテーマパーク「ロッテワールド」があり、その隣には123階の威容を誇る超高層ビル「第2ロッテワールド」が建設中です。完成すれば韓国一の高さとなる巨大商業施設です。
武雄は千葉ロッテマリーンズのオーナーですが、韓国でも球団を保有しています。韓国のチーム名はロッテ・ジャイアンツ。日本で強い読売ジャイアンツにあやかってのものだと言われています。

長い間、日韓ロッテグループの経営は日本を長男の宏之が、韓国を次男の昭夫が担当する経営体制を続けていましたが、2015年8月に全ての事業を昭夫が継承することに決定しました。
マリーンズは日本のロッテホールディングスの配下にありますが、オーナー代行は昭夫が務めています。
収まったかに見えるロッテ創業者一族のお家騒動とも言えるゴタゴタが、今後のマリーンズに影響のないことを願わずにいられません。

出典:日経ビジネス

重光昭夫オーナー代行

出典:H.I.S.

ロッテワールド

千葉ロッテマリーンズ オフィシャルサイト

千葉ロッテマリーンズのオフィシャルサイトです。

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フリーライター。歴史・文学からビジネス、スポーツ等、幅広い分野において執筆を行う。

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