プロ野球セ・パ両リーグ分立から現在までの企業の変遷
2015年はプロ野球が現在のセ・パ両リーグに分立して65年の区切りの年になります。この間、幾多の球団が誕生し、消滅しました。そこには戦後から高度経済成長期を経て現在に至るまでの経済状況や産業の構造の変遷を垣間見ることができます。
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1リーグ8球団から2リーグ14球団へ
第二次世界大戦中、敵国スポーツとされた野球は、戦後すぐに復活します。
現在の高校野球選手権大会(夏の甲子園)にあたる全国中等学校優勝野球大会は終戦翌年の1946年8月に、東京六大学野球は1945年10月にOB戦、11月に全早慶戦を経て翌年5月にはリーグ戦が行われます。
プロ野球も1945年11月に東西対抗戦が開催され、翌年からリーグ戦が再開されます。当時は1リーグ8球団でしたが、観客動員数は100万を超え、1949年には500万人に迫る勢いでした。
プロ野球の父と呼ばれた日本野球連盟総裁・正力松太郎は1949年にアメリカと同じ「2リーグ構想」を提唱し、一部の既存球団の反対はあったものの、翌1950年から現在のセントラル・パシフィックの2リーグとなりました。
野球殿堂博物館の公式サイトです。東京ドーム内にある日本唯一の野球専門博物館です。
セ・パ両リーグ発足!
2リーグ分立時の球団名(カッコ内は当時の親会社名、記載順は1950年の最終順位)は次の通りです。
セ・リーグ
松竹ロビンス(松竹)
中日ドラゴンズ(中日新聞)
読売ジャイアンツ(読売新聞)
大阪タイガース(阪神電鉄)
大洋ホエールズ(大洋漁業)
西日本パイレーツ(西日本新聞)
国鉄スワローズ(国鉄)
広島カープ
パ・リーグ
毎日オリオンズ(毎日新聞)
南海ホークス(南海電鉄)
大映スターズ(大映)
阪急ブレーブス(阪急電鉄)
西鉄クリッパーズ(西日本鉄道)
東急フライヤーズ(東京急行電鉄)
近鉄パールズ(近畿日本鉄道)
1リーグ時代から続いているのは、読売・大阪(現在の阪神)・中日・南海・大映・阪急・東急・松竹(前身の大陽ロビンスを1950年から引き継いだ)です。
発足当時、セ・リーグは8球団もありました。
現在の12球団とは大きく様変わりしていますね。
鉄道が7球団、新聞社が4球団も! 映画会社まで球団を保有
1950年といえば、昭和25年、後に高度経済成長と呼ばれる時代の最初の年に当たります。
当時と現在の親会社の事業を比較すると、戦後の経済や産業の構造変化を垣間見ることができます。
当時は鉄道事業を行う親会社が大阪(阪神)・国鉄・南海・阪急・西鉄・東急・近鉄の7球団で最多です。次いで新聞社を親会社とする中日・読売・西日本・毎日の4球団が続きます。
現在は鉄道事業の親会社を持つ球団は、阪神・西武の2球団しかありません。
また、新聞社も国鉄のあとをサンケイが引き継ぎましたが、現在では読売・中日の2球団のみです。
高度経済成長時代に、「3C」としてもてはやされたカラーテレビ、自家用車、クーラーの普及によって鉄道はクルマへ、新聞はテレビへとライフスタイルが変化していったことがわかります。
松竹・大映という映画会社も球団を持っていました。大映スターズなんて、いかにも、というネーミングですね。大映は「大怪獣ガメラ」シリーズをご記憶の方も多いでしょう。
1954年からはフライヤーズの親会社は、東急から東映に代わります。
松竹は1952年に大洋に、大映も1957年に毎日に吸収合併されて事実上消滅します。後発の東映も1972年に撤退します。娯楽の中心が、映画からテレビへと映っていく世相を反映しています。
さらに、現在ではDeNA,ソフトバンク、楽天とIT企業が3球団も存在し、産業構造の変化を見ることができます。
人気のセ・実力のパ
セの球団は、読売・大阪・中日の3球団が現在まで親会社を変えずに存続し、広島も残っているのに対し、パ・リーグ球団はひとつもありません。唯一ホークスのチーム名が残るのみです。
1970年代前半までは「人気のセ・実力のパ」と言われ、ほぼ全試合テレビ中継されて圧倒的な人気を誇った読売に比べ、他のセの球団同士、パの試合はほとんどテレビ中継されることがありませんでした。テレビ放映権料が入らないパの球団は、収益の面で慢性的に苦しい時代でした。
しかし、数少ないテレビに映る機会のオールスター・ゲームでは、パの選手が奮起し、対戦成績もパが勝ち越しています。
もっとも、日本シリーズでは圧倒的戦力を誇る読売が不滅とされる9連覇を達成しました。
地域名を付ける球団が増えた!
1950年時代と現在の球団名を見て気が付くことは、2リーグ発足当時の球団名に地域の名称がついているのは広島だけなのに対し、現在のセでは広島に加えて横浜DeNA、東京ヤクルトの3球団が、パに至ってはオリックス以外の5球団の名称に地域名がついています。
これには1993年に発足したサッカー・Jリーグが大きく関係しています。Jリーグはチーム名に企業名を付けることを原則禁止しています。地域密着のひとつの表れですが、この流れを受けてプロ野球球団も地域名を付けることが多くなりました。
広島、横浜、福岡、千葉以外の球団は1993年以降に変更・誕生した球団です。
プロ野球界の歴史は日本経済史の縮図
プロ野球球団もまた企業ですから、日本の経済状況、世相、流行、他のスポーツの影響を受けて変遷を繰り返しながら現在に至っていることがわかります。
プロ野球という国民的人気のあるスポーツだけに、プロ野球史はその時代を反映した日本の経済史の縮図と言えます。
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この記事のライター
フリーライター。歴史・文学からビジネス、スポーツ等、幅広い分野において執筆を行う。