シューベルトのおすすめ名曲15選【彼の生涯の逸話と合わせてご紹介】

フランツ・シューベルトはオーストリアの作曲家であり特にドイツ歌曲においては功績が大きく「歌曲の王」と呼ばれることもあります。そんな彼の生涯と特に有名な曲や魅力的な曲をご紹介いたします。

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フランツ・シューベルトの人生

数々の名曲を作り出したフランツ・シューベルトですが彼は一体どんな生涯を送ったのでしょうか。
また、彼のどのような経験が音楽に反映されたのでしょうか。

幼少期

ウィーン郊外のリヒテンタールで生まれ、教師の父親と結婚前にコックをしていた母親に育てられました。シューベルトは5歳のときに父から普通教育を受け始め、6歳のときにリヒテンタールの学校に入学しました。やがて彼は7歳になった頃父親が指導しきれないほどの才能を発揮し始めたため、聖歌隊に預けられました。かの有名な『魔王』を作曲する10年前です。

音楽学校入学

彼は奨学金を得てコンヴィクトという音楽学校に入学しました。彼はここに17歳までいましたが、講師からの直接指導で得るものよりも、むしろ学生オーケストラの練習や同僚の寄宿生との交際から得るものの方が多かったそうです。それも、この学校に入学する以前からシューベルトにはそのような傾向が強かったそうです。彼は当時貧しく、しかし助けてくれる友達はいたため五線紙すら買えなかった彼に買い与えてあげていました。

教師になる

変声期を経て声が一定の音域の声が出せなくなってしまったためコンヴィクトを去りました。そのあとは兵役を避けるために教師として父の学校に就任。しかしこの仕事にやりがいを感じられず、別の興味で補っていました。
1814年の冬に出会った詩人ヨハン・マイヤホーファーとは温かな関係を築きその後も続く深い関係となりました。タイプの正反対な友人との出会いは彼の人生にとって非常に有意義なことでした。
そんなとき転機が訪れます。たまたま彼の演奏を聴いていたフランツ・ショーバーは教師を辞めて芸術家を純粋に目指さないかと提案し、状況的にも好都合であったためその提案に乗ります。
彼は教師を辞め、公演で稼ぐこともできず貧乏でした。しかし友人たちは本当に優しく、宿や食事など、必要とするもの全てを経済的に支援しました。

ウィーンでの晩年

その後徐々に彼の音楽が評価され、以前のような貧乏生活からは抜け出すことができましたが、彼の人生は短かったのです。彼は死期が近づくとそれを察していたのか今までにも増して暗く重い曲を書くようになり、体調不良と精神的な憂鬱さを併せ持った日々を過ごしていました。やがて彼はウィーンで短い音楽家人生の幕を閉じました。32年間の人生で作った曲は数え切れないほどです。1827年に亡くなり、その直後には彼の晩年に作った曲の初回公演が行われました。彼は亡くなってからも評価され続けています。

シューベルトの名曲15選

歌曲『魔王』(1815年頃)

これは音楽の授業でも扱われる歌曲の大曲です。シューベルトはこの曲をわずか18歳の時に作曲していて、それも推測では4時間ほどで作ったそうです。彼らしいト短調で風が忍び寄る危機感や不安感をよく表しています。18歳でこの曲を作曲するとは才能に溢れた少年です。単独の歌手で3役を演じ分けなければいけないところが能力やセンスの見せ所です。

ピアノ五重奏『鱒』(1819年)

極めて人気の高いこの曲。かつてJR東日本常盤線のいわき1・2番線で発車メロディに使用されたことがあります。また、九州朝日放送テレビのオープニングでも使用されました。元々は歌曲であり、歌曲の『鱒』の旋律をベースにピアノ・室内楽曲として変奏曲としてリニューアルしたためこのような副題がつきました。全体を通して長調で明るく聴きやすい曲です。

交響曲第7番『未完成』(1822年)

1822年に作曲した未完の交響曲です。シューベルトはわずか25歳でグラーツ楽友協会から「名誉ディプロマ」を授与され、その返礼として交響曲を作曲することになり、これはその時に作った曲です。しかし第一楽章、第二楽章のみを送付し残りは送付しませんでした。ベートーヴェンの『運命』などと並んで人気の曲です。

さすらい人幻想曲(1822年)

この曲は少し形式が変わった曲で、幻想曲でありながら4楽章からなりますが全て切れ目なく演奏されます。
速度表記や調が一楽章ごとに明確に区切られていることからソナタ風の幻想曲にしたいという意思を持って作曲されたと考えられています。タイトルの「さすらい人」から連想されるように感傷的な部分が多く一楽章ごとに曲調は変化するもののその雰囲気は心情を表すようにグラデーションになっています。

歌曲『夜と夢』(1825年頃)

ロマンチックで美しい曲です。『清らかな夜よ、月光が空間を通り抜けるように夢もまた人々の穏やかな心を抜ける』と言った意味の歌詞があり曲調も本当に品があって心地よいので落ち着いた気持ちにさせてくれます。過ぎ去った美しい夜と夢に対する憧憬を歌った曲です。

歌曲集『美しき水車小屋の娘』(1823年)

「修業の旅に出た粉職人の若者が美しい水車小屋の娘に恋をします。そこへ狩人が現れて彼女を奪い、悲壮に暮れる若者は小川に語りかけて永遠の眠りにつく」という一貫した物語を持つ20曲の曲集です。一般的に「冬の旅」「白鳥の歌」と並んで「シューベルト3大歌曲集」と呼ばれます。

『八重奏曲』(1824年)

この曲は一曲を演奏するのに約1時間かかる室内楽曲です。クラリネット奏者であるフェルディナント・トロイヤー伯爵の委嘱に応じて手がつけられました。柔らかで美しく、のどかな景色を連想させるこの曲ですが、このような雰囲気はシューベルトには珍しく調和のとれていて柔らかな意外な一面を垣間見ることができます。

アルペジョーネソナタ(1824年)

題名の「アルペジョーネ」とは古楽器のことで、この曲はアルペジョーネとピアノのための曲として作曲されました。しかし今日使われることはないため、代わりにヴィオラやバイオリンで演奏されています。今日使われなくなっただけでなく、この曲ができた時代からあまりメジャーな楽器ではありませんでした。実はシューベルトは、この楽器が誕生したばかりの頃、友人からこの楽器の曲を作ってくれと頼まれて作ったのがこの曲だそうです。

弦楽四重奏曲第14番(1824年)

1824年。これはシューベルトが体の健康の衰えを実感している時期です。この曲の第二楽章は自身作曲の『死と乙女』を引用しているので、14番自体もよく『死と乙女』とも呼ばれます。最初の小節から重く暗く、死を意識しているであろう曲調となっています。また、すべての楽章が短調で書かれていることも特徴です。ここから彼の絶望が伺えます。

ピアノソナタ第16番(1825年)

大人気の連続テレビドラマ「のだめカンタービレ」でも使われたこの曲。神聖ローマ皇帝レオポルト2世の末子ルドルフ・ヨハネス・フォン・エスターライヒに献呈されました。

歌曲『エレンの歌第3番』(1825年)

これはシューベルト最晩年の曲の一つです。宗教音楽ではありませんが歌詞になんども「アヴェ・マリア」が登場します。しばしば「シューベルトのアヴェ・マリア」と呼ばれる曲です。

歌曲集『冬の旅』(1827年)

連作歌曲集です。冬らしい切なくしんしんとした雰囲気漂うこの曲集は是非冬の夜などに聴きたい曲です。この曲集には物語があり、失恋した若者がさすらいの旅に出るというものです。これが完成する4年前の1823年からシューベルトは病で入院しており、「死」について考えていたため、失恋した若者の孤独を描いたのも病が関係あると考えられます。

『楽興の時』(1823 - 1828年)

1番から6番まであり、3番目の曲が最も知られている曲でよく BGMやCMなどにも使われます。一曲ずつが大変短く、たとえ長くても10分が最長です。そのためまとまりがよく変化が多いのも聴いていて飽きない要素であると感じます。

『幻想曲 ヘ短調』D940(1828年)

シューベルトが亡くなった年に書かれました。曲の序盤から悲壮感漂うメロディーが流れてきてピアノの響きの美しさがその孤独感や悲しみの美しさを引き立てている曲です。この曲の初演は1828年5月に友人が行なっています。

歌曲集『白鳥の歌』 セレナーデ(1828年)

この白鳥の歌は、フランツ・シューベルトによる遺作集です。そのため1828年8月には完成していたのですが1828年11月にシューベルトが亡くなり、1829年に遺作として出版されました。恋人に対する思いをマンドリンを模した旋律の上で歌い上げる曲です。

最後に

シューベルトのわずか10年強の作曲人生の中で描かれたのはほとんどが短調の暗い曲ばかりです。
しかし彼の18歳の頃から「魔王」に現れる才能により今でも多くの人々に愛され、演奏されたり聞かれ続けている曲がたくさんあります。彼の短調に自分と重なる部分を見つけ味わっていただけたなら幸いです。

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