遠藤周作の生涯とおすすめ10作品

カトリックのキリスト教徒という、日本では珍しい背景を持った作家である遠藤周作。『沈黙』、『海と毒薬』など、重いテーマの純文学から「狐狸庵先生」としてのコミカルなユーモア小説まで、幅広い作品を残した作家の経歴と、お勧め作品をご紹介します。


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アイキャッチ画像出典:commons.wikimedia.org

遠藤周作ってどんな人?

遠藤周作は、大正末期の1912年に生まれ、戦後昭和から平成にかけて活躍した作家です。
学生時代に洗礼を受けたカトリック教徒で、「キリスト教と日本人」、「信仰と罪の意識」といった、宗教的なテーマを内在させた純文学作品を多く著しました。
一方で、その活躍は重苦しい純文学の分野に留ることなく、自身を「狐狸庵先生」と称した、肩の凝らない軽妙なユーモアエッセイ集や、軽小説、ミステリー、ホラー小説など、多岐に渡っています。
また、安岡章太郎・吉行淳之介らと共に、戦後文学史の一潮流である「第三の新人」の一人と位置付けられることもあります。

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遠藤周作の経歴

幼年期

1923年(大正12年)、遠藤周作は東京の巣鴨に生まれました。
父は銀行員、母は音大の学生で、兄弟は2歳差の兄が1人。父親の転勤で満州に移り、現地の小学校に入学しましたが、両親が不仲から離婚に至ったため、10歳の時に母、兄と共に帰国、神戸の小学校に転入します。この時、一時期身を寄せた先の伯母がカトリック信者であったことが、彼が聖書や教会に親しむきっかけとなりました。やがて、中学生となった周作は母や兄とともに洗礼を受け、そこからクリスチャンとして信仰の道を歩むことになります。

学生時代~終戦まで

私立灘中学に進学した中学時代の周作は、映画や江戸の滑稽本などに興味があった少年であったようです。特に十返舎一九の『東海道中膝栗毛』には夢中になり、弥次喜多のような生き方に憧れていたとか。一方、学業にはあまり身を入れていなかったのか、入学時には成績別クラスでトップの一年A組に組み入れられた周作は、2年B組、3年C組と成績を順調に落として、卒業時には最下位のD組だったといいます。

中学校を卒業すると、旧制高校の受験をするも失敗。一時期は上智大学予科へ入学するも、程なく退学して、しばらくは浪人生として受験勉強に励む時期が続くこととなります。
この前後から母への経済的負担に気兼ねし、東京の父の家に身を寄せていた周作が、慶応義塾大学文学部予科の合格を勝ち取ったのは20歳の時。けれども、援助の条件であった医学部受験をしなかったことから怒った父に勘当を言い渡され、自活を余儀なくされることになります。

友人宅、学生寮と居所を転々としながらアルバイトに励む周作青年は、友人知人の影響、特に堀辰雄との出会いが契機となって読書に耽るようになりました。こうして猛烈な勉強家に転身し、周作が慶應義塾大学仏文科へと進学したのは1945年。しかし、次節は折悪しく第二次世界大戦の最中、授業は殆ど行われなかった上、徴兵検査を受けた周作は、兵役適格とされます。幸か不幸か彼はその後、肋膜炎を患ったため、軍への召集は延期となり、その間に日本は終戦の時を迎えました。

フランスへの留学

終戦後、勘当を解かれた周作は再び父の家に戻って学業を再開し、1948年(昭和23年)に大学を卒業しました。幾許かの実務経験の後、カトリック文学への理解を更に深めようと志した彼は、1950年(昭和25年)、戦後初の海外留学生としてフランスへ旅立ちました。27歳での出来事です。
フランスのリヨン大学での留学生活は、学業の合間に論評やエッセイを執筆したり、徒歩で国内旅行に赴いたりと、充実したものだったようです。しかし、日本を離れて2年余り経った1953年(昭和28年)、健康を害して博士課程修了前に志半ばで帰国すると、翌年には敬愛する母の死という、大きな悲しみも待ち受けていました。

小説家デビュー

大学卒業前後から、批評家として文筆活動でいくらか実績を残していた周作でしたが、小説家として活動し始めるのは帰国してからでした。初の小説『アデンまで』に続く『白い人』が1955年に芥川賞を受賞すると、彼の名は一気に知られるようになり、2年後に発表した『海と毒薬』が新潮社文学賞、毎日出版賞を受賞するに至って、小説家・遠藤周作はその地位を確立します。一方、以前から交際を続けていた女性、岡田順子との結婚、長男誕生と、新たな家族とともに築く私生活も順調に滑り出しました。

狐狸庵先生

1959年、周作はマルキ・ド・サドの勉強と資料収集のため、夫人を伴って渡仏しました。フランスからヨーロッパ各地を周遊し、エルサレムを経由して帰国した周作は、その後肺結核を発病して、手術のために入院。手術は3度に渡り、一時は危篤に陥るほどの深刻な病状でしたが、奇跡的に命を取り留めます。退院後暫くは短いエッセイ程度の執筆しか行えなかった周作でしたが、体力の回復と共に『わたしが・棄てた・おんな』他、複数の誌面上で再び精力的に作品を発表するようになります。

1963年(昭和38年)、40歳を迎えた周作は、都区内の駒場から町田市多摩川学園に転居して、新居に「狐狸庵」と命名しました。主に身辺雑記を書き連ねた軽口エッセイで使われる自称、「狐狸庵先生」は、ここに由来しています。

死没とその後

その後も、『沈黙』、『深い河』と言った、日本人と信仰の関わりを問い詰めるような謹言なテーマの純文学から「狐狸庵先生」シリーズに見られるような肩の力が抜けた軽文学まで、幅広い作風で執筆活動を続けた周作は、1996年(平成8年)、73歳で入院先の病院にて亡くなりました。麹町の聖イグナチオ教会で執り行われた葬儀のミサでは、4千人以上の参列者が故人を偲んだということです。

また、没後4年目の2000年(平成12年)5月には、かくれキリシタンの里としても知られる長崎市外海地区に「遠藤周作文学館」が設立されました。ここにはかつて、小説『沈黙』に登場する架空の地名トモギ村のモデルにもなったという「黒崎村」という集落が存在していたということです。

出典:commons.wikimedia.org

遠藤周作は、葬儀後、東京都のカトリック府中墓地に埋葬されました。
現在では墓所が聖イグナチオ教会の地下墓地に移されています。

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作品紹介【重量級】 『海と毒薬』・『沈黙』・『侍』・『深い河』

『海と毒薬』

戦時下の九州大学で実際に起きた、「相川事件」という捕虜の生体解剖事件を題材とした作品です。

舞台はF市の大学病院。太平洋戦争末期、本土にB29が襲来し、病棟の中でも、外でも人が死ぬ時代でした。権力闘争に明け暮れる院内の一部では、軍事医学上の実験として、米軍捕虜を生体解剖するというおぞましい計画が秘密裏に進行していました。
医局内の醜悪な権力闘争に疑念を抱く研修生、勝呂。同じく研修生で、自身の良心の麻痺を自覚している戸田。不妊となったことで虚無感を抱えて生きる看護婦、上田。
決して異常な精神性や、犯罪への嗜好を備えた人物ではなかったはずの彼らは、何度も踏みとどまる機会を与えられながらも、苦悩や息苦しい感情の果てに非人道的な生体実験に加担する道を選び取ることになります。

人を悪の道から遠ざける、「罪の意識」はどこにあるのか。そんな重い命題を突き付けてくる作品です。

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『沈黙』

長崎におけるキリシタン弾圧の歴史を背景とした小説です。

17世紀半ば、ポルトガルのイエズス会司祭ロドリゴは、海を越えて日本の地へと密かに潜入しました。
一つは、この地で厳しい迫害にさらされている日本の信徒たちを助け、布教を行うため、もう一つは、先に日本に渡り、20年以上潜伏布教に努めた恩師、フェレイラ神父が、拷問の末に棄教したという知らせの真偽を確かめるためです。
日本人信徒らに加えられる残忍な拷問や、その末の凄惨な殉教の有り様は、ロドリゴの想像を絶するものでした。彼の内には、この悲惨な状況にただ「沈黙」を保ち続ける神の存在に疑念が生じ、これまでの信仰心との間で激しい葛藤に苛まれます。やがて、水先案内人を努めていた信徒、キチジローの裏切りにより、役人らに捕縛されたロドリゴは、同僚司祭ガルべの殉教に立ち会いました。自らも殉教の決意を強固にしたロドリゴでしたが、再開したかつての師、フェレイラが、衝撃の事実を告げると共に、彼に棄教を促すのでした・・・。

殉教と背教の瀬戸際に立たされたロドリゴの心理に、息詰まるような切迫を感じる作品です。

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『侍』

徳川政権下、次第に政策がキリシタンへの抑圧を増して行く中で、藩主の命により、ローマ法王への親書を携え海を渡った長谷倉六右衛門。7年に渡る苦難の旅の末、ようやく国元への帰還を果たしますが、キリシタン禁制、鎖国へと舵を切った故国でその労は報われることなく終わります。

不遇の運命に翻弄された「侍」と、聖職者らしからぬ野心を滾らせた宣教師ベラスコの後半生を軸にして、日本におけるキリスト教受容の問題や、真の信仰心の在り方についての命題が扱われています。作者の宗教観が色濃く映し出された作品です。

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『深い河』

70歳を越えた作者によって書き下ろされた、遠藤文学の集大成とも呼べる長編です。

妻を亡くした中年サラリーマン、磯部は、彼女が最期に遺した、「必ず生まれ変わるから、探して欲しい」という言葉に導かれるようにして、インド・ヴァーラーナシーへのツアーへ参加しました。
同じツアーには、偶然にも妻の臨終を看取ってくれた女性、成瀬も参加しています。
成瀬は学生時代、大津という、神父を志す冴えない同級生を自分の体で誘惑して、信仰を捨てさせた過去を持っていました。そんな彼女がツアー参加を思い立ったのは、「大津がインドの修道院に居ると」との噂を耳にしたからです。
自分の手術の時に死なせてしまった九官鳥のことが頭から離れない童話作家の沼田。
ビルマで「死の街道」と呼ばれる絶望的な退却戦を経験し、その凄絶な思い出を内に抱えている老人、木口。
それぞれに内面のドラマを抱えてツアーに参加した彼らの前に、母なる河、ガンジスは生も死をも包み込
んで深く静かに流れていきます。

「キリスト教と日本人」を終生のテーマとした彼の文学が、なぜその終結の場所として、どちらの文化圏とも違う舞台、インドを選んだのでしょうか。
普遍的な「信仰心」を求めた作家が辿り着いた境地が深く心に滲み入る、一度は手に取っていただきたい大作です。

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作品紹介【軽量級】 『わたしが・棄てた・女』・『砂の城』・『真昼の悪魔』

『わたしが・棄てた・女』

大学生だった吉岡は、拾った雑誌の文通欄をきっかけに、森田ミツという女性と知り合います。
2度目のデートでミツの同情に付け込み、半ば強引な形で体を奪うと、吉岡はそれきり彼女を棄て、大学を卒業して会社勤めを始めました。
二度と思い出すこともないと思われたミツの存在。ですが、社内の恋人や行きずりのソープランド嬢がミツと接点を持っていたことを知ると、未だに自分を慕い続けているというミツの存在が気になり始め、彼女と再会することを思い立ちます。しかし、カフェで顔を合わせたミツは、苦しそうに「御殿場の病院へ行く」ことを打ち明けました。その言葉が意味するのは、ハンセン病の罹患です。吉岡は、かける言葉もそこそこに、逃げるようにその場を立ち去りました。
やがて歳月が過ぎ、再び吉岡がミツの消息を知ったのは、御殿場から来た一通の封書でした・・・。

底抜けのお人よしであることだけが取り柄の、「棄てられた女」ミツ。しかし、出会った全ての人々のために、自身の持てるもの全てを投げ打つことをキリストの説く「愛」だと言うのなら、惨めな一生を遂げたミツは、「愛」を体現した聖女そのものではないか。
通俗小説の体を装いながら、読後はしみじみと考えさせられる作品です。

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『砂の城』

長崎を舞台とした青春小説です。

主人公、相良泰子は幼い頃に亡くした母が16歳の自分に宛てて書き遺した手紙を受け取り、「美しいもの、気高いものへの憧れを失わないでほしい」との言葉を胸に刻み込みます。大学に進み、友人や憧れの人と幸福に満ちた青春時代を送った泰子は、真っ直ぐに夢を追い続け、卒業後は憧れだった客室乗務員として働き始めました。
一方で、共に同じ時を過ごした友人水谷トシは、ヒモ男に身を捧げて詐欺横領で刑務所に送られ、淡い憧憬の対象であった西宗弘は、過激派グループに身を投じて破滅に向かいます。「美しく、気高いもの」への信念が揺らぎそうになる泰子でしたが、亡き母に縁のあった男、恩智との邂逅が彼女を支え、励ましました。

青春時代を通り過ぎ、人生の歳月を積み重ねた人であれば大抵は、振り返った「あの頃」の理想と、目の前の現実との狭間で「これでいいのか」、などと自問したくなる瞬間を経験した(或いは、この先も経験する)ことがきっとあるはず。泰子が辿り着いた一つの結論は、そんな風にして立ち竦んでいる読み手の背中を、穏やかな励ましのメッセージとともに、後押ししてくれることでしょう。

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『真昼の悪魔』

「悪魔は埃に似ています。目だたず、分からぬように溜まっていきます・・・」

無邪気な微笑を表に湛えた、サイコパス系美貌の女医。乾ききった自分の心に良心の呵責が起きるかどうか、その興味の一点で、彼女は「この世で最もいやらしい悪」を追求していました。
小動物の相次ぐ怪死、少女の水難事故、寝たきり老人への劇薬点滴。大学生の難波は、入院先の病院で続発する奇怪な事件の背後に、女医との関連を疑うのでしたが・・・。

冒頭で紹介したのは、作中のとある神父の言葉ですが、さて、本物の悪魔はどこに潜んでいたのでしょうか?ゾクゾクが最後まで止まらないミステリー小説です。

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作品紹介【評伝・エッセイ】 『イエスの生涯』・『ぐうたら生活入門』・『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』

『イエスの生涯』

ナザレの大工の子として生まれたイエスの後半生を描いた作品です。

素のままのイエスは奇跡の力を揮い、病人を癒すような「偉大なる救世主」などではなく、ただひたむきに「神の愛」を説き、弱い人に寄り添って、苦しみを分かち合おうとする「無力な人」でした。けれども、人々は彼に旧来のユダヤ教を改革し、反ローマ運動の先鋒に立つ力強いリーダー像を待望していました。期待との乖離に、民衆はおろか、やがては弟子たちまでも失望して彼の元を去っていきます。一人苦悩するイエスは、自身が説く「愛」の究極の実践として、ついに磔刑の運命を自ら受け入れることを決意するのです。

イエス=キリストについて、「クリスマスに生まれた人」、「キリスト教で一番偉い人」、以上の知見を
得ようと思った時に、まず最初に手に取るべき一冊ではないかと思います。

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『ぐうたら生活入門』

都会の喧騒に惓んで里山に居を構える狐狸庵山人は、「明日できることは今日しない」ぐうたら生活を愛する狸の大王の化け損なった人物なのだとか。

居住まいを正して読みにかかるような『沈黙』や『深い河』などの純文学作品とは一変して、ぐうたら大好き、下世話大好きな狐狸庵先生が、斜め視点の人間観察録から人生のあれやこれやを語ります。
「人生ケチに徹すべし」、「弱気な男でいいじゃないか」、「嫌がらせをする人間になろう」、「嫁いびりを復活させよう」等々。
酔った友人の戯言を聞き流すような感覚で、気楽に読めるユーモアエッセイです。

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『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』

作家の没後10年、執筆から半世紀近く経って発見され、「幻の原稿」として話題になった作品です。

「十頁だけ読んでごらんなさい、十頁たって飽いたら・・・」
そんなユニークな書き出しで始められたら、思わず興味を唆られますよね?
こんな風に相手の心に響く文は、一体どうしたら書くことができるのでしょうか。
「手紙」の書き方指南を意図して書かれた作品ですが、ユーモアたっぷりに解き明かされる作家の文章作法は、メール全盛期の現在でもきっと通用すること間違いなしです。

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終わりに

息詰まる重厚な作品から、寝そべって気楽に読めるユーモア小説まで、多様な作風が楽しめる遠藤周作の作品。しかし、読み進めるとその根底にはやはり、信仰に基づく「愛」を追求する、一貫した信念が浮かび上がってくるように思います。
彼が強調する、気持ちに「寄り添う」ことの崇高さが、宗教や信条の壁を越えた、人としての核心をついているからこそ、作家・遠藤周作の作品は読み継がれるのではないでしょうか。

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