夢野久作の独特な世界観を感じるおすすめ8作品
日本の作家である夢野久作の独特な世界観を感じてみませんか?
有名なドグラマグラの他にも、彼の世界観を感じることのできる作品を冒頭部分をご紹介しながら解説していきます。
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夢野久作ってだれ?
出典:lowch.com
夢野久作は禅僧や陸軍少尉、郵便局長、小説家、詩人、SF作家、探偵小説家、幻想作家、と幅広く活躍した人です。私達の彼への印象は主に幻想作家に近いでしょうか?独特な作品『ドグラ・マグラ』からもその雰囲気が伝わってきますね。ホラーな作品も多く、江戸川乱歩が好きな人は手を出してみると新たな楽しみを見つけられるかと思います。独白的な形式をもった作品も多く、多くの作品で思わず読者も内容に引っ張られていってしまうような感覚をもちます。一文一文が短く、切羽詰まるような文体が特徴です。
『瓶詰の地獄』
三つの手紙から成り立つという内容の作品です。ホラーとしてアンソロジーに加えられることも多いのだそうです。最初読んでも分からず、またもう一度最初から読んでしまう、という魅惑の一冊で一気に彼の世界へ引き込まれます。独白文なので自分がまるでその手紙を本当に物語の主人公となって読んでいる感じがします。
手紙にのせた内容
◇第一の瓶の内容
ああ………この離れ島に、救いの船がとうとう来ました。
大きな二本のエントツの舟から、ボートが二艘、荒波の上におろされました。舟の上から、それを見送っている人々の中にまじって、私たちのお父さまや、お母さまと思われる、なつかしいお姿が見えます。そうして……おお……私たちの方に向って、白いハンカチを振って下さるのが、ここからよくわかります。
冒頭の部分です。この調子で本分は進んでいくのですが、「離れ島」というキーワードがここで出てきます。これは最後までポイントとなる部分です。また、このタイトルにもあるように「瓶」という言葉も一つのポイントとなってきます。ある者の懺悔が手紙に書き記されていき、私達はこのよくわからない謎を知らぬうちに追っていってしまいます。一体この手紙は何を記しているのか、ぜひお手にとってご覧ください。青空文庫に所蔵されていますので無料で読むことができます。
綺麗なイラストであらわされたこちらの本も合わせてオススメです!夢野久作の世界を幻想的な絵で表現しています。こちらのシリーズはそれぞれのイラストレーターが文学をイラスト化して、小説も楽しめる、画集としても楽しめる作品になっています。他には太宰治『女生徒』×今井キラ、萩原朔太郎『猫町』×しきみ、梶井基次郎『檸檬』×げみ、などがあります。ぜひお手にとってみてください!
『支那米の袋』
舞台はウラジオストクというレストランです。ロシア人の踊子と日本人の青年の交流の物語。
「あんまりにもあんたが可愛いから殺してしまいたい」
そんな事を言い出す彼女に思わず顔色を変える青年ですが、踊り子はその訳を語っていきます。
こちらも夢野久作が得意な独白の文章で、踊り子の女の言葉を目の前でこの青年に変わって聞いているような気分になっていきます。
女性の魅惑な独白文
ああ……すっかり酔っちゃったわ。……でも、もう一杯カニャックを飲ましてちょうだいね……。
あんたもお飲みなさいよ。今夜は特別だからサア……ええ。妾わたしの気持ちが特別なのよ。今夜は……。
……そのわけは今話すわよ。話すから一パイお飲みなさいったら……それあトテモ恐ろしい話なのよ。……ダメダメ。いくらあんたが日本の軍人だって、妾の話をおしまいまで聞いたら屹度きっとビックリして逃げ出すにきまっているわよ。
まず独特なのは三点リーダーの多さです。夢野久作は三点リーダーや句読点を多く使いたがる傾向にありますが、この女のように三点リーダーを使うことで酔っている感じをうまく出すことができます。そして息が切れるような感覚も、読んでいる人に味合わせる効果をもっているのです。
この女の話を聞いていると、こちらまでなんだか酔ってくるようで、内容も「心中」というキーワードを添えてやってきます。日本と外国という離れた島の距離感も、この話には出ているでしょう。
こちらも青空文庫でお読みください。
『いなか、の、じけん』
夢野久作のショートショートがつまった一冊です。作者の故郷である九州の各地で実際に起こった出来事をモチーフに20の短編を詰め込んだものになっています。軽いものから重いものまで、ここにはたくさんの因習や事件が詰め込まれていて、現実に起こったことをモチーフにしているということがより緊張感を高めるものとなっています。
書き出しから読む~『大きな手がかり』より~
村長さんの処の米倉から、白米を四俵ひょう盗んで行ったものがある。
あくる朝早く駐在の巡査おまわりさんが来て調べたら、俵たわらを積んで行ったらしい車の輪のあとが、雨あがりの土にハッキリついていた。そのあとをつけて行くと、町へ出る途中の、とある村外はずれの一軒屋の軒下に、その米俵を積んだ車が置いてあって、その横の縁台の上に、頬冠ほおかぶりをした男が大の字になって、グウグウとイビキをかいていた。引っ捕えてみるとそれは、その界隈で持てあまし者の博奕打ばくちうちであった。
一番はじめの『大きな手がかり』という話からの引用部分です。米が盗まれたという事件を元に作られた話で、雨上がりの現場に残された荷車の跡をたどっていくというものです。
このほかにも『スットントン』や『花嫁の舌食い』『スウィートポテトー』『兄貴の骨』など気になる作品がたくさん入っています。このショートショートは冒頭からも分かる通り、他の作品よりも文章が安定していて読みやすく、しっかりと状況を落ち着いて解説してくれているので、話の内容もより分かりやすく、かつ短編なのですぐに読みおわって次にいけるという読みやすさも備えています。
青空文庫でぜひどうぞ。
『少女地獄』
『少女地獄』は夢野久作の短編小説で、「何んでも無い」「殺人リレー」「火星の女」の三つで構成されています。「何でも無い」では19歳の少女ユリ子が自殺し、「殺人リレー」では上京してきてバスガイドとなったトミ子の同級生であるツヤ子が謎な死を遂げ、「火星の女」では自殺した女生徒のいる県立学校で不審な事件が起こります。どの話も「女が死ぬ」という特徴をもっていて、このタイトルにもなっている「少女地獄」という意味についても考えさせられる作品です。
死んでいく女たちの物語
白鷹秀麿しらたかひでまろ兄 足下
臼杵利平
小生は先般、丸の内倶楽部くらぶの庚戌会こうぼくかいで、短時間拝眉はいびの栄を得ましたもので、貴兄と御同様に九州帝国大学、耳鼻科出身の後輩であります。昨、昭和八年の六月初旬から、当横浜市の宮崎町に、臼杵うすき耳鼻科のネオンサインを掲げておる者でありますが、突然にかような奇怪な手紙を差し上げる非礼をお許し下さい。
姫草ユリ子が自殺したのです。
「何んでも無い」の冒頭部分です。最初はユリ子の手紙から始まります。夢野久作はこういった作風が得意で、手紙文を好む傾向にあります。死んでいく女が遺書を送る、という状況から始まるこの短編ですが、どの話も冒頭は手紙や記事などの文章から始まっています。女が死んだというポイントからこの作品を読み取っていくと楽しめるでしょう。なぜ彼女たちは死んでいったのか、その真相に迫ってみてください。
1997年に日本映画で公開されたものがあります。これは「少女地獄・殺人リレー」を原作としていて、白黒映画となっています。殺されたツヤ子という女の謎の死を巡って、その殺人鬼を追っていきます。ぜひ映像でもご覧ください。
『死後の恋』
『死後の恋』は夢野久作の短編小説です。ロシア革命直後のウラジオストクの物語。大通りをさまよう男は突然通行人を捕まえて「私の運命を決めてください」と言います。そこから数奇な体験を語り始め、「死後の恋」が始まっていきます。少年兵との奇妙な冒険を覗いてみませんか?
死後の恋の真実
ハハハハハ。イヤ……失礼しました。嘸さぞかしビックリなすったでしょう。ハハア。乞食かとお思いになった……アハアハアハ。イヤ大笑いです。
あなたは近頃、この浦塩うらじおの町で評判になっている、風来坊のキチガイ紳士が、私だという事をチットモ御存じなかったのですね。ハハア。ナルホド。それじゃそうお思いになるのも無理はありません。泥棒市に売れ残っていた旧式のボロ礼服を着ている男が、貴下あなたのような立派な日本の軍人さんを、スウェツランスカヤ(浦塩の銀座通り)のまん中で捕まえて、こんなレストランへ引っぱり込んで、ダシヌケに、
「私の運命を決定きめて下さい」
などと、お願いするのですからね。
夢野久作にありがちな文章ですが、文章中に「ハハハ」などが入っていたり、本当に目のまえで喋っているんだなと感じられるものになっています。私達はこの少年の話を聞いているだけでいいのです。なので、「読む」というよりは「聞く」と言った方が正しいのかもしれません。すっかり白髪だらけになっていまったこの24歳の少年はたった一夜で老人の見た目に変わってしまったらしいのです。それのキーワードが「死後の恋」であり、この少年が語っていく話になります。ぜひ少年の秘密に近づいてみてください。
青空文庫で無料閲覧ができます。ぜひ読んでみてください。
『人間腸詰』
『人間腸詰』と書いて『にんげんそうせえじ』と読みます。見るからに夢野久作らしい薄暗さと奇妙さが組み合わさった作品です。大工の治吉が奇怪な体験を語る、という話になっていて、彼が建築のために渡米をしたのがきっかけとなっています。アメリカ人のたくさんいる中で彼はその腕前を披露して彼らを驚かせていきます。
土産話を聞く
あっしの洋行の土産話みやげばなしですか。
イヤハヤどうも……あんまり古い事なんで忘れちゃいましたよ。何なら御勘弁願いたいもんで……ただもうビックリして面喰めんくらって、生命いのちからがら逃げて帰けえって来たダケのお話でゲスから……。
……ヘエ……あの話。あの話と申しますと? ヘエ。世界が丸いお蔭で、あっしが腸詰ソーセージになり損なった話……。
「ソーセージになりそこなった」という部分が冒頭で与えられるポイントとなります。今回は手紙を「読む」のではなく、彼の土産話を「聞く」かたちになります。独特な江戸っ子な喋り方が特徴的で、かなり好き嫌いには個人差が出るではないでしょうか。独白体という形式は夢野久作が得意としたもので、多くの作品で使われています。
こちらも青空文庫でどうぞ
『空を飛ぶパラソル』
夢野久作の短編小説で、二本立てとなっています。新聞記者が二つの特ダネを手に入れ、その主人公が特ダネと共にトラウマも抱えてしまうという物語になっていて、この新聞記者の悲哀が描かれています。夢野久作自身の経験でもあるようです。「空を飛ぶパラソル」と「濡れた鯉のぼり」という二つの作品が入っていて、最初の「空を飛ぶパラソル」では空色のパラソルを持った女が自殺をしようとしているという衝撃的なシーンから始まります。
パラソルの女の秘密
まだ生きているのと同様に温かい女の屍体を、仰向けに引っくり返して見ると、どんな風にして車輪にかかったものか、頭部に残っているのは片っ方の耳と綺麗な襟筋だけである。あとは髪毛かみのけと血の和あえ物ものみたようになったのが、線路の一側ひとかわを十間ばかりの間に、ダラダラと引き散らされて来ている。その途中の処々に鶏にわとりの肺臓みたようなものが、ギラギラと太陽の光を反射しているのは脳味噌であろうか。右の手首は、車輪に附着くっついて行ったものか見当らず、プッツリと切断された傷口から、鮮血がドクリドクリと迸ほとばしり出て、線路の横に茂り合った蓬よもぎの葉を染めている。
こちらは「空を飛ぶパラソル」の最初の印象的なシーンです。突然現れたパラソルの女が自殺をしようと線路の中へと入ってった後の、主人公である新聞記者が目撃したシーンになります。この話はいつものように夢野久作らしい私達読者に語り掛ける文ではなく、少し距離を置いた落ち着いた書き方になっています。それ故に、女の様子がどこか冷静に私達に伝えられているのです。果たしてこの女は何を握っているのか、そして新聞記者は一体どんなトラウマと共に特ダネを手に入れたのか、ぜひ本文を読んで確かめてみてください。
青空文庫でどうぞ
『ドグラ・マグラ』
『ドグラ・マグラ』は夢野久作の作品の中で最も知名度の高い人気な作品です。こちらはなんといっても読者を狂わせるほどの熱意があふれていて、構成執筆に10年以上かかったものです。精神病者にかかった『狂人の解放治療』を描き始めて、それから『ドグラ・マグラ』に改題をして徹底的に推敲を行って、死去する一年前に書き上げたそうです。これを読破した人は一度は精神に異常がみられる、とさえ言われています。ですが、これを読まずには夢野久作はやはり語れません。
暗くて深い闇を一瞬に感じる一作
……いよいよおかしい……。
怖こわ怖ごわ右手めてをあげて、自分の顔を撫なでまわしてみた。
……鼻が尖とんがって……眼が落ち窪くぼんで……頭髪あたまが蓬々ぼうぼうと乱れて……顎鬚あごひげがモジャモジャと延びて……。
……私はガバと跳ね起きた。
モウ一度、顔を撫でまわしてみた。
そこいらをキョロキョロと見廻わした。
……誰だろう……俺はコンナ人間を知らない……。
文章を読んでいるだけで、本来の自分を忘れていくような「錯覚」と呼ばれるものが読者を襲います。夢野久作の文章の中で一番中毒性が強く、さらに物語が長いのでその中毒は長い間続きます。「わけのわからぬ物語」が一番正しい表し方かもしれません。これは誰にも分からない物語です。考えてしまったら、その人はもうそこで本を閉じてしまうでしょう。最後まで読んで、よくわからないものがたくさん込み上げてきたら、それが正解なのではないかと思います。記憶喪失の「私」と彼が起こした複数の事件と絡みあって進んでいくストーリーをぜひ肌で感じてみてください。
『ドグラ・マグラ』をCGアニメーション化するという前代未聞なものがあります。舞台を見たいの宇宙に置き換えて作成したもので、一度本編を読み終えてから心の整理にいいかもしれません。また、『ドグラ・マグラ』は1988年に映画化もされていて、こちらも難しいとされていましたが、物語が掴みやすく入り込める作品にうまく仕上がっているので、ぜひ注目してみてください。
狂った世界の中へ
夢野久作8作品でした。
彼の作品は一度読んでしまったらそこからなかなか抜け出せない中毒性がありますので注意ですが、やはりハマってしまったらその悦びに浸れるだろうと思います。『ドグラ・マグラ』はやはり人気ですが、ぜひ他の作品も一度目を通して、彼の独特な文体と触れ合ってみてください!
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この記事のライター
太宰治、三島由紀夫を愛する本の虫武蔵野大学文学部所属フランス映画にハマっていますフランス語3級とるため勉強中