ポーラ美術館「印象派、記憶への旅」担当学芸員の解説よりおすすめ5選
ポーラ美術館では、2019年3月23日(土)-7月28日(日)まで、ポーラ美術館とひろしま美術館が共同企画した「印象派、記憶への旅」が開催されます。開催に先立ち報道内覧会が開催され、両館学芸員によるおすすめ作品が紹介されました。それらの中から5点を選びご紹介します。
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■ポーラ美術館とひろしま美術館の共同開催
両館のコレクションの特徴として、印象派の作品を多く収蔵しているという共通点があります。さらに収蔵品は、重要な作品ばかりで、日本の印象派の東西の双璧をなすほどの質と量を誇っています。また、両館のコレクション傾向が大変、似ていることから、双子のコレクションとも言われているそうです。
ひろしま美術館は、開館40周年、ポーラ美術館は17年になりますが、開館当初から、いつか共同開催ができたらと、ひろしま美術館から熱いラブコールが送られていました。3年ほど前から準備が進められ、今年、開催に至りました。双子のようだと言われる両館の収蔵品は、同一画家が、同時期に、同じテーマで描かれたものが多く、それを並べて鑑賞できるというのは、至福の時間ともいえます。
■展示概要
19世紀のフランスは、科学技術の発達により、交通網が郊外までひろがり、人の行動範囲が格段に広がります。特に蒸気機関の発明によってもたらされた移動手段、汽車は、人々の行動範囲を飛躍的に広げ、生活も変化させます。画家も移動しながら、変化する人々の暮らしを描き、その姿を記録していきます。その記録は、時に記憶を呼び覚まして描かれました。
時代の変化は、外交や政治、思想や精神性にも影響を与え、世界を急速に広げました。その広がりを次の5章構成で迫ります。
〇章構成
【1】世界のひろがり 好奇心とノスタルジー
【2】都市への視線 パノラマとポートレート
【3】風景のなかのかたち 空間と反映
【4】風景を満たす光 色彩と詩情
【5】記憶への旅 ゴッホ、セザンヌ、マティス
■おすすめ作品
各章ごとの概略説明と、おすすめ作品を紹介します。
【1】世界のひろがり 好奇心とノスタルジー
19世紀、画家たちは汽車に乗り、郊外へと向かいます。そこにある風景、光、色彩、形は画家の心をとらえます。好奇心をくすぐり、世界はますます広がりました。旅先は、タヒチや北イタリア、中東へと向かい、そこの新たな光や生活を描きます。
ポール・ゴーガンがタヒチに向かい、人々の暮らしを描きました。タヒチの強烈な光に浮かび上がる自然を、原色の鮮やかな色で表現しています。
小屋の前の犬、タヒチ ポール・ゴーガン 1892年
技法・素材油彩/カンヴァス ポーラ美術館蔵
ポール・ゴーガンがタヒチに向かい、人々の暮らしを描きました。タヒチの強烈な光に浮かび上がる自然を、原色の鮮やかな色で表現しています。
【2】都市への視線 パノラマとポートレート
一方、都市も急速な発展をとげ、都市は大きく変わります。そんなパリの姿を画家は俯瞰的な視線でみつめていました。そして、パノラマとして都市の姿を描き記憶に留めました。さらにそこに暮らす人々の様子やポートレートも描きました。印象派の画家たちは、郊外の景色だけなく、都市部の発展とともに変わる人の姿も描き出したのです。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《アリスティド・ブリュアン》1893年 ひろしま美術館
1860年、モンマルトルはパリに組み入れられると、カフェやキャバレーが立ち並び、賑わいを見せます。そこに出入りしたのがロートレックです。夜ごと集まる人々を素早いタッチで描き、当時の様子を今に伝えます。庶民の社交場、ダンスホールの様子や、トレードマークの帽子とマフラーを身に着けた歌手のポートレート。キャバレーで陽気に騒ぐ人たちを描いています。
【3】風景のなかのかたち 空間と反映
水辺を描く風景は、水平線を低くとるのが伝統的でした。それによって空の面積が広くなり、より空間が広がる効果があります。ところが、モネは、画面の上部に水平線を置くという、当時としては斬新な構図を試みました。これらの構図は、日本の影響を受けていると言われています。
晩年になると、靄や霧による空間の見せ方、水面に映る廻りの景色の反映に興味を持ちます。それによって、形態があいまいになり、色彩が渾然一体となる世界が生み出されました。
ひろしま美術館、ポーラ美術館の水辺の風景を描いた代表作2点。3年の差がありますがほぼ同時期に描かれた作品で、水平線が貫き、水面に回りの景色が描かれており、全体が霧に覆われ、ぼんやりとした絵です。モネ、57~60歳の作品。日本は明治末期です。
クロード・モネ 《セーヌ河の朝》1897年 ひろしま美術館蔵
朝日が昇る前の光の変化を描いています。霧は晴れ、空がピンクに染まる幻想的な情景を、色数を抑えながら、周りの樹木を水面に映し出し、空間と反映を描きました。
国会議事堂、バラ色のシンフォニー クロード・モネ 制作年1900年 ポーラ美術館蔵
冬のロンドン名物、霧の中の国会議事堂をシルエットで描いています。形が抽象化され、水面の反映も一体化し空は太陽の光でバラ色に輝いています。ぼんやりしつつも、青と赤のコントラストが効果的。
【4】風景を満たす光 色彩と詩情
19世紀後半、印象派の画家は、明るい色彩と早い筆致で、刻々と移り行く光をキャンパスに記録しました。その後、色彩理論を科学的に研究したスーラたちは、点描写を生み出し、新印象派へと発展していきます。より明るく鮮やかな色彩、自由な筆致は、次のフォーヴィスムへの布石となっています。
両館の点描で描かれたスーラ作品を比べてみましょう。ひろしま美術館の《村はずれ》は、ポーラ美術館の《グランカンの干潮》のような油彩画の習作的な位置づけと考えられます。2年後に描いた点描《グランカンの干潮》の点の細かさが顕著にわかります。こうして並べて筆致を比べることができるのは貴重な展示です。
スーラは、印象派をアップデートした若き天才。と語られています。2つの作品を並べると、自身の中でも大きくアップデートしていたことが見てとれます。
ジョルジュ・スーラ 《村はずれ》1883年 油彩,板 ひろしま美術館蔵
スーラは、印象派展を見て衝撃を受けました。それまで伝統的な絵画を学んでいましたが、新たな表現を模索して描かれたのが《村はずれ》です。
この絵は、小さな板(シガーボックスの蓋)に描かれた珍しい作品。様々な方向への粗いタッチで描き、構図や色彩の研究が見てとれ、アップデートに向けた習作のひとつ。
ジョルジュ・スーラ《グランカンの干潮》1885年 ポーラ美術館
実に細かいタッチの点描写で、全体を構成することで、光に満ちた海の景色に仕上げています。絵具を混ぜ合わせず、見る人の網膜で混ぜ合わせるという科学的な色彩表現は、緻密な小さな点で構成されています。海はより明るい光に満ちています。
【5】記憶への旅 ゴッホ、セザンヌ、マティス
コレクションを持つ美術館の強みは、科学調査や文献調査を行えること。ゴッホの《草むら》のカンバスの裏に書かれたサインのような文字や、絵具の付着がわかるように、アクリルガラスのケースに入れて展示されています。X線分析による絵具の成分や、ゴッホの手紙の記録による確認など、さまざまな調査によって、画家が残した痕跡の記憶に迫ります。
フィンセント・ファン・ゴッホ《草むら》1889年 ポーラ美術館蔵
近づいて草むらをじっと見つめるという視点は、西洋になく、こちらは日本美術の影響を受けていることが考えられます。また空も地平もない草のアップは、モネの睡蓮にも通じるものがあり、20世紀のモダニズムの橋渡し的役割をしていると考えられるといいます。
フィンセント・ファン・ゴッホ《草むら》1889年 ポーラ美術館蔵(裏面)
印象派の絵画は、修復のため、裏打ちされることが多いのですが、この作品には裏打ちがなく、オリジナルのカンヴァスが残っており、さらにゴッホの他の作品のものとみられる絵具の付着があります。この付着は、重ねられた絵画の絵の具と考えられているのですが、なぜ、絵具が付着する状態になったのか、検証されています。
■美術展のキーワードは「アップデート」がトレンド?
最近、様々な世界で「アップデート」という言葉を耳にするようになりました。美術展でも「新・北斎展」「奇想の系譜」そして「印象派、記憶への旅」。
これまで、ポーラ美術館で行われた「100点の名画でめぐる100年の旅」「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へ」なども、既存の価値を打ち破り、新たなテーマや手法を探し続け、更新したという点では、画家のアップデートを扱った展覧会ともいえます。
もしかしたら、画家は常に、アップデートをし続けることができる人たちなのかもしれません。それを見る私たちも、既存の価値、見方にとらわれずに、柔軟な見方をしていく必要があることを示唆されます。ビジネスでもよく話題にのぼるアップデート。美術鑑賞からも、ヒントをつかむことができるかもしれません。
■展覧会概要
展覧会名:ポーラ美術館×ひろしま美術館 印象派、記憶への旅
会 期: 2019年3月23日(土)~ 7月28日(日)※会期中無休
*第2会場・ひろしま美術館では2019年8月10日(土)~10月27日(日)
会 場 名:ポーラ美術館
時 間: 9:00 ~ 17:00(最終入館は16:30)
主 催: 公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館、公益財団法人ひろしま美術館
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この記事のライター
ライター 著書は10冊以上。VOKKAでは専門を離れ、趣味の美術鑑賞から得られた学びや発見、生きるためのヒントを掘り起こしていきたいと思います。美術鑑賞から得られることで注目しているのが、いかに違う視点に触れるか、自分でも加えることができるか。そこから得られる想像力や発想力が、様々な場面で生きると感じています。元医療従事者だった経験を通して、ちょっと違うモノの見方を提示しながら、様々な人たちのモノの見方を紹介していきたいと思います。美術鑑賞から得られることは、多様性を認め合うことだと考えています。