【ジャズ入門】歴史・種類・奏者・名盤・名曲・映画を紹介

20世紀初頭、ジャズの文化が生まれてから現在に至るまでおよそ100年の時が経ちました。クラシックなどに比べて音楽としての歴史は浅いジャズ。ですが、たった100年でジャズの歴史は大きく変化していき、様々なスタイルが生まれていきました。今回はそのジャズの歴史をざっくりとご紹介したいと思います。

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ジャズのはじまり(1900年頃~)

はじまりはニューオーリンズ

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アメリカ南部のルイジアナ州にあるニューオーリンズという街が、ジャズ発祥の地と言われています。ニューオーリンズは港町であったため、世界中から多くの文化が集まっていました。その中でもジャズは、奴隷として連れてこられた黒人たちと、黒人と白人の混血であるクレオールという人たちから生まれたと言われています。つまりジャズは、黒人音楽と西洋音楽が融合した音楽なのです。

ジャズは黒人たちの苦しみから生まれた

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奴隷として連れてこられた黒人たちが、労働の苦しみや故郷アフリカを想い、音楽を奏でるようになりました。もちろん楽譜などなく、耳から聴こえる音楽をもとに演奏をしていた結果、ジャズという新たなジャンルが生まれました。

楽器はどこから?

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南北戦争時に活躍していた音楽隊の楽器が、終戦をきっかけに市場に大量に売られるようになりました。その流通した楽器を使い、黒人たちは音楽を奏でるようになっていきました。

ジャズの基盤は「ブルース」と「ラグタイム」

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ブルースは、19世紀初め頃に黒人たちの労働歌や霊歌から発展したと言われています。ブルースとは悲しみや哀愁の意味があり、旋律も暗い印象があるのが特徴です。一方、黒人たちがピアノに触れるようになるにつれ、生まれてきたのがラグタイムです。ラグタイムとはでこぼこという意味があり、裏拍を強調した独特なリズム感を持ち、この手法がジャズや現在のロック等にも影響を与えています。ブルースとラグタイムが、ジャズの基盤となる音楽と言われています。

ジョプリンとモートン

「ラグタイム王」と呼ばれたスコット・ジョプリンは、ピアノのラグタイムを完成させた人物であります。今も語り継がれる名曲「エンターテイナー」や「メープル・リーフ・ラグ」を作曲しました。ジェリー・ロール・モートンもまた、ラグタイムの歴史に影響を与えた人物の一人です。音楽の才能に溢れており、自身で「ジャズの創始者」と主張する程でありました。映画「海の上のピアニスト」ではモートンをモデルとした人物が登場しています。

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ニューオーリンズからシカゴ、そして世界へ(1920年頃~)

シカゴジャズの確立

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ジャズの拠点はミシシッピ川を北上しニューオーリンズからシカゴへ移していくことになります。シカゴでは多くのジャズクラブが開かれ、シカゴジャズのスタイルが確立されていきます。
また、禁酒法やラジオの普及をきっかけに、ジャズはアメリカ中に広まっていくことになります。1924年、ニューヨークではジョージ・ガーシュウィンによる「ラプソディー・イン・ブルー」が演奏されました。今まで違法酒場(スピーク・イージー)等でBGMとして演奏されてきたジャズが、初めてコンサート形式で演奏されたということで歴史的な出来事となりました。このようにジャズというジャンルが社会的も認められていき、世界的な音楽として発展していきます。

もとはJazzではなくJass

Jazzの語源はJassであったといわれています。もともとJassはスラングであり、ジャズの文化がシカゴに広まり、ニューオーリンズのものと区別するためにJazzという言葉が用いられていきました。世界初のジャズ・レコードをリリースしたことで有名なオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドも、当初は「Jass」とスペリングされていました。

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サッチモの活躍

サッチモことルイ・アームストロングが活躍を見せた時代でもありました。サッチモという愛称は「Satchel mouth」(がま口のような口)というのをイギリス人記者が聞き違えたとする説や「Such a mouth!」(なんて口だ!)からきた説などがあります。彼の写真を見ても、その大きな口と大きく見開いた目が印象的です。シンガー、トランペット奏者としてマルチな才能を見せた彼がジャズ史に残した功績はとても大きいです。

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スウィングジャズの流行(1930年頃~)

ビッグバンドスタイルの全盛期

スウィングジャズとは、大人数編成によるジャズの形態(ビッグバンド・ジャズ)の一つであり、軽快なダンスミュージックの一つです。1929年の世界大恐慌の影響から、人々は先行き暗い経済状況とは裏腹に明るく軽快な音楽を好むようになっていたため、当時このビッグバンドスタイルが大流行していきました。10~20人での演奏であることから、自由なアドリブよりもある程度決められたアレンジの中での演奏を行い、ビッグバンドでの統一性が求められていました。なので、ビッグバンドジャズではバンドを率いるバンドリーダーとアレンジを施すアレンジャーが重要でありました。
一世を風靡したジャズ映画「セッション」や「スイングガールズ」は、ビッグバンドスタイルと言えます。

スウィングの王様

「スウィングの王様」と称されたベニー・グッドマンやグレン・ミラーが才能を発揮し始めた時代でもあります。ベニー・グッドマンはクラリネット奏者であり、なんと11歳でプロデビューしています。1938年、ニューヨークにあるカーネギーホールで最初のジャズコンサートを行ったことでも有名です。一方、グレン・ミラーはトロンボーン奏者であり、数々の名曲を生み出しました。それぞれ自らの楽団を結成し、カウント・ベイシーやデューク・エリントンらと共にスウィングジャズ、ビッグバンドの歴史に大きな爪痕を残しました。

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モダンジャズの始まり(1940年頃~)

ビ・バップの誕生

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1940年代に入ってもなお大恐慌の影響は続き、ビッグバンド経営が厳しくなったことからスウィングジャズは衰退していきました。代わりに、少人数でのビ・バップというスタイルが主流となっていきます。
ビ・バップとは、曲のコード進行を軸に、もとのメロディーに強いアドリブを加えたスタイルです。スウィングジャズでは、ある程度決められたアレンジの中での演奏となっていたため、即興演奏を重視するビ・バップのスタイルは今までのものとは全く違う革新的なスタイルと言えます。
ミュージシャンたちは深夜のジャズクラブに集まり毎晩のようにジャズセッションを繰り広げる中で、アドリブを重視するビ・バップのスタイルを生み出していきました。その誕生に大きく関わったのが、次の3人のミュージシャン達です。

チャーリー・パーカー

モダンジャズの幕開け、ビ・バップの誕生に大きく関わった人物です。チャーリー・パーカーは1920年カンザスシティの郊外で生まれました。15歳でプロデビューを果たし、サックス奏者として才能を開花させていきます。「バード」という愛称があり、ニューヨークで苦労しながらも頭角を現していきます。そしてディジー・ガレスピーと出会い、共にビ・バップのスタイルを完成させていきます。彼のニックネームをとったジャズクラブ「バードランド」がオープンする程の人気を博し、歴史に名を刻む偉大なジャズマンとなっています。麻薬とアルコールに溺れていたチャーリー・パーカーですが、その波乱万丈な人生はクリント・イーストウッドの映画「バード」でも語り継がれています。

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ディジー・ガレスピー

ディジー・ガレスピーは1917年生まれで、はじめはトロンボーンを演奏していましたが、トランペット奏者として才能を開花させていきました。ニューヨークのクラブで演奏活動を行い、より自由なアドリブを用いたジャズスタイルを追求していきました。これが後のビ・バップの誕生に繋がっています。

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バト・パウエル

1924年ニューヨーク生まれのバド・パウエルもまた、ビ・バップの第一人者と言えます。ビ・バップのスタイルをいち早くピアノに取り入れ、またピアノトリオを確立させたことでも有名です。ピアノトリオとはピアノ・ベース・ドラムスの、いわゆるリズムセクションと呼ばれる3楽器から構成される演奏スタイルです。ピアノトリオは、それぞれのリズム楽器のソロ要素が強くなったと言えます。
チャーリー・パーカーと同様、彼もまた麻薬とアルコールに溺れており、42歳という若さで亡くなっています。

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モダンジャズの多様化(1950年頃~)

クール・ジャズ

ビ・バップのスタイルがアドリブを重視しており、あまりにも原曲とかけ離れてしまうことから、もう少し理論的な要素を加えよう、ということでクール・ジャズというスタイルが生まれてきました。ビ・バップは黒人のためのジャズとされ、自由奔放で躍動感あるスタイルである一方、クール・ジャズは白人のためのジャズと定義されるようになり、よりコントロールされた緻密な計算による演奏スタイルが特徴です。のちにこのスタイルがウエストコースト・ジャズへと繋がっていきます。映画「ブルーに生まれついて」の主人公チェット・ベイカーは、ウエストコースト・ジャズの代表者と言えます。

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ハード・バップ

チャーリー・パーカーの死をきっかけにビ・バップは衰えていきますが、若手ミュージシャン達がビ・バップの発展や新しい音楽への挑戦をしていきます。そしてたどり着いたのがハード・バップです。ビ・バップの自由さは残しつつも、より洗練した形に仕上げたのがハード・バップと言えます。
このように、モダンジャズはビ・バップを皮切りに多様なスタイルへと展開されていき、全盛期を迎えます。

マイルス・デイヴィス

ジャズの帝王とも呼ばれるマイルス・デイヴィスは言わずと知れたジャズトランぺッター。1926年にイリノイ州で生まれ、父が医者、母が音楽教師という裕福な家庭の中で育ち、10代の頃からトランペットを演奏していました。モダンジャズの牽引者でもあり、常にジャズ界に革新をもたらしてきた偉大な人物です。チャーリー・パーカーとともにビ・バップを広めるとともに、クール・ジャズ、ハード・バップ、そして後のモード・ジャズ、フュージョンにまで計り知れない影響を与えてきました。

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アート・ブレイキー

1919年生まれのアート・ブレイキーは、親日家であったことでも知られ、日本でもかなり有名なジャズドラマーです。マイルス・デイヴィスとともにハード・バップを牽引していきました。ジャズ・メッセンジャーズというバンドのリーダーを務めたことでも有名であり、多くの名プレイヤーが在籍していました。彼の大ヒット曲「モーニン」は、映画にもなった「坂道のアポロン」でも使われており、物語の鍵となる曲となっています。

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モダンジャズからフリージャズの時代へ(1960年頃~)

モダンジャズの終焉

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ビ・バップからクール・ジャズ、ハード・パップ、ウエストコースト・ジャズなど様々なジャズのスタイルが派生していきましたが、これらの試みにも「飽き」が訪れてしまうことになります。ビ・バップから始まったモダンジャズにも陰りが見え、時代の流れとともに新たなジャズが生まれます。

モード・ジャズ

今までモダンジャズではコード(和音)に基づくアドリブ演奏が行われていましたが、モード(音階)に基づく旋律によるアドリブ演奏に切り替えられました。これがモード・ジャズと言います。コードに縛られていたものが、モードに基づくことにより、さらに自由度の高いアドリブ演奏を行うことができるようになりました。このモード・ジャズを生み出したのも、マイルス・デイヴィスです。1958年にリリースされた「カインド・オブ・ブルー」の成功により、1960年代でモード・ジャズが流行していきました。そしてジョン・コルトレーンやビル・エヴァンスらとと共にモード・ジャズの時代を切り開いていきました。

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フリージャズ

自由を追求した時代背景の中、ジャズもまたさらなる自由を求めはじめました。リズムやメロディーにとらわれず、より自由に演奏しようという試み、これがフリージャズです。自由がゆえに「でたらめな演奏」と紙一重であるというチャレンジングなスタイルです。このスタイルはオーネット・コールマンらによって切り開かれました。古典的なジャズを重んじる人々には理解され難いスタイルであり、音程が外れていると嘲笑されることもあったようですが、これが後のジャズに影響を与えていくことになります。

フュージョンの幕開け(1970年頃~)

フュージョンが盛んに

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今までジャズの演奏で用いられる楽器は、ドラム・ベース・ピアノ・トランペット・サックスなどが主流でした。しかし、ロックや電子楽器の使用が流行したことにより、エレクトリックジャズといった新しいスタイルが生まれていきます。そしてクロスオーバー、フュージョンへと発展していきます。クロスオーバーとフュージョンはどちらも「融合」という意味合いを持っています。つまりジャズとロック、ジャズと電子音楽といったように、音楽のジャンルを組み合わせたスタイルのことを言います。この融合はジャズ界にとってかなり革新的であり、現代のジャズの主流ともなっています。

ハービー・ハンコック

1940年シカゴ生まれのハービー・ハンコックは現代ジャズ・フュージョンのパイオニアです。7歳からピアノを始め、マイルス・デイヴィスとともに新主流派のジャズスタイルを生み出していきます。ショルダー・シンセサイザーを下げて弾く姿が印象的で、エレクトリックで現代的な演奏をします。また、自身も出演している映画「ラウンド・ミッドナイト」では音楽を担当し、アカデミー作曲賞を受賞しています。

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チック・コリア

1941年アメリカのマサチューセッツ州生まれのチック・コリアは4歳の頃からピアノを習い始めます。彼もまたマイルス・デイヴィスとともに共演を果たし、現代ジャズに大きな影響を与えています。ラテン調の響きがある独特なジャズが特徴的で、彼の生み出した名曲「スペイン」にもラテンジャズが顕著に表れています。

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新たなジャズ・シーンの芽生え(1980年頃~)

新伝承派

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1980年代に入り、再びジャズの流れが変わる動きがでてきます。フリージャズやフュージョンといった自由かつ他ジャンルとの融合テイストのジャズとは打って変わり、いわゆる伝統への立ち返りの動きが芽生え始めます。その立ち返りとは、過去のジャズマンが残した演奏の録音を忠実にコピーし、再現すること。そして自分なりの解釈を加え演奏するというもので、譜面通りに演奏を行うが、表現力の問われるクラシックに近い動きが現れます。したがって、モダンジャズ以降の激しいジャズ要素が些か抑えられた演奏が特徴となっています。

ウィントン・マルサリス

1961年ニューオーリンズ生まれのウィントン・マルサリスは音楽一家の中で育ちました。6歳の頃からトランペットを習い、はじめはクラシック界にてその存在が知られていきました。その後ジャズに傾倒していき、アート・ブレイキーやハービー・ハンコックとの共演していく中で、新伝承派という動きを作り上げていきます。落ち着きのある聴き心地の良いサウンドが特徴です。

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そして現在へ

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今もなお、ジャズプレイヤー達によりあらゆるジャンルの音楽との融合や立ち返りを試みられており、新たなジャズのジャンルが形成されようとしています。世界各地で日々ジャズコンサートやジャズフェスティバル、ジャズセッションが行われる中で、ジャズの歴史は発展し続けています。

ジャズの歴史は10年刻み

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いかがでしたか?ご紹介した通り、ジャズのスタイルは社会情勢とともに10年ごとでめまぐるしく変化しています。また、ここでは紹介しきれない程多くのジャズマンがジャズの歴史に関わり、多くのジャズスタイルを生み出しています。歴史を追う中で、ぜひ多くのジャズに触れ、好きなジャズプレイヤーやジャズスタイルを探してみてください!

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その辺にいる大学生。旅行と写真と音楽と映画と散歩が好きです。興のおもむくまま、気まぐれに書きます。

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