国立科学博物館「風景の科学」展 芸術と科学の融合を考える

国立科学博物館では、「風景の科学展 芸術と科学の融合」と題して、写真家・上田義彦氏が撮影した風景写真に、研究者が解説をつけ、「科学」と「芸術」を融合させるという試みが行われています。合わせて「特別トークショー 第1回「風景の科学」が行われました。開催の意図など、トークショーのお話も交えながら、展覧会の紹介をします。

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■芸術と科学の融合

「文系だから科学がわからない」「理系だから芸術がわかない」そんな言葉を私たちは発していないでしょうか?世の中はとかく分けて考えがちで、教育も大学受験の段階で分けられてしまいます。仕事も同様で、分業が進み、それぞれが交わる機会がありません。今回の企画の発案者、グラフィックデザイナーで「デザインの解剖展」や国立科学博物館のロゴも手掛けた佐藤卓氏は語ります。

「自由な芸術と、事実の科学。芸術と科学はまったく違うベクトルのように思える。いつの間にか、そんな概念が我々に刷り込まれてはいないだろうか」

芸術と科学を融合させたい。そんな思いを抱えて、佐藤氏は、国立科学博物館の門をたたきました。その経緯などが、特別トークショー 第1回「風景の科学」で紹介されました。展覧会の見どころとともに紹介します。

■なぜ国立科学博物館だったのか?

出典:想像力の入口 制作 佐藤卓 https://www.kahaku.go.jp/about/symbol/index.html 

作品を見たあとに沸き起こる「好きや嫌い」といった感覚、その感覚がどこから来ているのかを考えた時「何だこれは?」という興味が「もっと知りたい」に変わります。その好奇心に答えてくれるのが、自然科学の視線であると考え、国立科学博物館に声をかけました。(佐藤卓氏)

東京国立博物館でも、西洋美術館でなく、国立科学博物館だったのは、自分にとって遠い存在で、わからないことが多いことから、あえて接点を持とうと考えたそうです。

上田氏の風景写真は、言葉にできない魅力があります。その写真と研究者が一緒になったら何が起こるのか。普段できないこと、やってみないとわからないことにチャレンジしてみて、初めてわかることがあるそうです。

写真という芸術を入り口に、科学の世界に誘う展示を提案しました。結果は、想像をはるかに超えたものとなりました。

打診を受けた国立科学博物館副館長・篠田 謙一氏は、この展覧会を誰に見ていただくかを考えた時、芸術を入り口にしたかったと言います。その奥に科学があり、何を読むかを知っていただくことが、科学の認知を拡げると考えました。

科学の知識を得ることは、考える素材を蓄えること。風景の後ろにある自然科学を見ることができるようになることは、認知を拡げ、さらに将来をどう考えるかを正しく認識できるようになることを伝えたいと思ったそうです。

普段は国立科学博物館に足を運ばない人も、上田氏の美しい写真に誘われ訪れます。そこで自然科学の一端に触れ、新しい世界と出会うことができる。そんな企画展です。

■芸術と科学を融合するプロセス

国立科学博物館の研究者は約60名。研究者が集まる筑波研究施設に、上田氏が選んだ55枚の写真を張り出し、そこから自分の研究分野で思い浮かぶことを書くように呼びかけられました。

研究者が写真の解説をするときは、焦点がしっかりしているので簡単に書くことができます。ところが、写真家が自分の感性で撮影した写真は、焦点や何が言いたいのかわからず戸惑いがあったといいます。しかし次第にコメントも増えてきました。

26人の研究者が執筆した解説パネルと、関連する標本が展示されています。それらの解説について、篠田氏は語ります。

解説の多くは風景の背後にある時間の流れを意識したもので、瞬間を切り取った写真に重層的な意味を付け加えている。風景に地球の歴史を感じることは、私たちの認識をより深いものにするはずで、 そこに「芸術と科学の融合」の目指す地平がある。

■写真から見える重層的な世界


日本の東尋坊の風景写真から、地球の歴史を重層的に感じとってみましょう。さらにそこに生息する生物を知り、昼夜の生態を知ることで、生物が生きていくための世界が、景色に重なります。

柱状節理の東尋坊

福井県の東尋坊。激しい波を受けているのは、柱状節理と言われる石柱。溶岩流が冷えてかたまったもので、固まる時に規則正しい120°の角度で割れ目ができます。そのため上から見ると六角形をしているといいます。

東尋坊の夜 海の生き物

昼間は深いところに生息しているプランクトンが、夜になると海の表面に浮かんできます。昼間は天敵の魚がいるため、捕食されないよう深部で生活しています。夜はエサを求めて、上昇してくるのだろうと考えられています。

一方、その逆の動きをする植物プランクトンは、光合成のため昼は表面に浮かんでいます。夜になると、栄養分の多い深いところに移動するためとされています。

地球の活動から見た東尋坊

東尋坊を、地球の活動からみてみましょう。会場の奥にある地球儀を見ると、2000万年前の日本列島は分裂していたことがわかります。その後、西日本、東日本がくっついて、今の形を形成しました。このくっついたあたりが東尋坊です。

世界の大地の動きは、どのようにできたのか?

日本ができる前の大地はどうなっていたのでしょう?文化人類学者の竹村 眞一氏が解説します。

アフリカとアメリカが元はつながっていて分裂しました。地球目線でとらえると、裂けた大陸プレートは、反対側の日本の富士山のあたりで出会います。

当初、2本に分かれていた日本列島は、フィリピン海プレートの陥入によって日本列島が形成されます。このようなダイナミズムによって、先の東尋坊へとつながっていきます。

アイスランドのギャオとつながる東尋坊

地球の運動という視点でアイスランドのギャオを見てみましょう。そこは地球のどこにあるのでしょうか?

ギャオと呼ばれる急崖の谷は、大部分は海面下に没している、大西洋中央海嶺の一部です。ここでは中央海嶺が隆起・陸化した特異な場所となっています。谷を挟んで年間、数㎝の速度で岩盤が引き裂かれ、新なプレートが生まれます。数億年かかっておこる変化を、地形から直接、実感できる場所です。

一枚の風景写真からつながる世界

東尋坊という風景が、様々な切り口から見えてきます。変動する大地を、地球の活動として立体化させて風景写真を見ていると、この会場に展示された写真は、すべてつながっているのではないかという想像に至りました。

自然科学の知識を一つ一つ蓄え、繋ぎ合わせることによって、距離や時間といった遠く離れたものまで、巨大なネットワークでつながり合う面白さを感じました。

■「デジタル地球儀」で立体化

リアルの解像度をあげる地球儀

会場奥に設置された地球儀に注目してください。展示された風景写真が、地球上のどこであるかを示すための「デジタル地球儀」です。

同時に展示された風景写真は、地球目線でみたらどう見えるか、立体化して見せてくれます。それは、現実世界を見るリアルの解像度を高める役割を果たします。モニターのパネルから自由に選択ができますので、知っているつもりのことでも、さらに解像度が上がる体験をしてみて下さい。

風景はどうやってできたのかを絵解きする地球儀

この「デジタル地球儀」は、風景はどうしてできているのか絵解きをしてくれます。「地球が作る風景」「生物が作る風景」「人間が作る風景」これら3つが混然一体となったものが、写真の示す風景です。

「それを解き明かすのが科学の方法論であることを、新たなメディア『デジタル地球儀』によって紹介されました。バラバラに見ていた風景が、実は全てつながっていることがわかります」と篠田氏は語ります。

■個性が表れる多様性ある研究者たち

同じ自然科学の研究者が写真から受ける捉え方はいろいろで、ユニークな視点が見られます。研究者の個性にも着目してみましょう。これらは研究者の多様性と篠田氏は語ります。

作品を見て、好き嫌いがあるように、解説にも好き嫌いがあるはず。面白いと思える解説は、どんな解説でしょう?何かがひっかかって面白いと感じることをきっかけに、芸術と科学の融合を感じてもらえればという意図があります。

一枚の写真に、数人の研究者が解説された作品もあります。研究ジャンルによって見ている視点が違うのを比べてみるのも面白そうです。好きと思った解説が、なぜそう感じたのかを考えてみてもいいかもしれません。好きと感じた「作品」と「解説」が違うこともあるでしょう。

船の航跡の下に存在するものは?

船の航路を見て、泡が消えないのはそこにプランクトンがいるからという着眼は、実にユニークで研究者ならではです。それを知ると、次に航跡の泡を見たら、これまで見えなかった海中のプランクトンが見えてくるはず。

スコットランドの泥炭からスコッチウィスキー

この写真から、スコッチウィスキーを連想する研究者の個性が顕著に伺えると、篠田氏、竹村氏からコメントがありました。

この作品の解説は、植物研究部からお二人、地学研究部からお一人によって構成されています。写真から読み解くことは、研究をベースにして語るのか、あるいは、個性からもたらされるのかなども読み解いてみると楽しそうです。

ガンジス川を見て何を思い浮かべる?

ガンジス川の写真を見ても、研究者によって、見ているものが違います。動物の研究者は、ガンジス川に注目し、そこに生息する絶滅危惧種のガンジスカワイルカを取り上げ、その生物の特徴を解説されました。

一方、トークショーにも登壇された人類研究部長の篠田氏は、写真の多様な人々に着目されています。人類が世界へ拡散するにあたり、多くがインドを経由したこと、その後、一部が戻ってきたことによって、多様な人類集団の混合が見られると解説されています。

カキを見て、渋みの成分に着目

個人的に好きと感じたカキの解説。カキの渋みはタンニンで、なぜ渋みを感じるのか。嫌われ者のタンニンを日本では古くから染料や防腐剤に活用し、柿渋を効率よく得られる品種改良を行いました。人の手によってさまざまな特徴を持つ品種が生まれるのは、遺伝資源あってのこと。

里山の自然は人の手で維持されてきました。植えたカキの渋みを利用し、さらに品種改良という科学の手も加え生活に生かしてます。日本の秋の風景の中に、人と自然が過去から共存してきた歴史が見え、遺伝子解明など科学の力も役立っています。自然と共存するために科学の力は、よりよい形で未来につなげていかなければならないと感じました。

■取材を終えて

「芸術」と「科学」の融合。とても面白い企画だと感じました。こんな企画を、どうやって思いついたのか、解説のアウトプットはどのように行われたのか。面白いと感じた裏に存在している重層的な事象を知りたいという好奇心でいっぱいでした。

佐藤氏が手掛ける「デザインの解剖展」を見た時に、デザインは科学だと感じました。そして「芸術」と「科学」の融合の芽も感じていたように思います。芸術側の土俵から、今度は、科学の土俵で融合させる。それは、チャレンジ精神によって実現したことがわかりました。

一見、違うベクトルに向いていると思われる「芸術」と「科学」ですが、ベースは観察によって成り立っているという共通点があります。「風景写真」と「自然科学者の解説」さらに「リアリティーをもたらす地球儀」をじっくり観察することから始めてみましょう。気になるフックがあったら、それをきっかけに、好奇心のつながりを拡げていく。その先に「芸術」と「科学」が融合する未来があるのではないでしょうか?

全てはつながっている。一枚の風景写真から、地球環境にまで思いを馳せ、未来を想像する。過去と未来をつなげられる人どおしもつながり合っていったら・・・・ そんなことを考えさせられる展示でした。

■概要

企画展:『風景の科学展 芸術と科学の融合』
会 期:2019年9月10日(火)~2019年12月1日(日)
会 場:国立科学博物館日本館1階企画展示室

開館時間:午前9時~午後5時
※金曜・土曜日、11月3日(日)は午後8時まで
※10月31日(木)、11月4日(月・祝)は午後6時まで
※入館は各閉館時刻の30分前まで

[休館日]
10月15日(火)、21日(月)、28日(月)、
11月5日(火)、11日(月)、18日(月)、25日(月)

入館料:一般・大学生630円(団体510円)
高校生以下および65歳以上: 無料
(常設展示入館料のみでご覧いただけます)

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ライター 著書は10冊以上。VOKKAでは専門を離れ、趣味の美術鑑賞から得られた学びや発見、生きるためのヒントを掘り起こしていきたいと思います。美術鑑賞から得られることで注目しているのが、いかに違う視点に触れるか、自分でも加えることができるか。そこから得られる想像力や発想力が、様々な場面で生きると感じています。元医療従事者だった経験を通して、ちょっと違うモノの見方を提示しながら、様々な人たちのモノの見方を紹介していきたいと思います。美術鑑賞から得られることは、多様性を認め合うことだと考えています。

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