カルチャー講座担当者に聞く、ビジネスマンにおすすめの美術講座3選
美術に関する関心が、年々、高まりを見せています。長年、カルチャー講座を主催するNHK文化センター青山教室の美術講座では、どのような傾向がみられるでしょうか?昨今の美術講座とビジネスマンについても伺いました。そしてこれからでも受講できるビジネスマンにおすすめの美術講座3選を、企画担当者と選びました。
- 40,216views
- B!
美術展はどこも大変、賑わいを見せています。これらの美術熱の高まりや、それに伴うカルチャー講座への関心の変化、今後の展望など、NHK文化センター東京本部(青山教室)副本部長 羽原順司氏にお話を伺いました。
1. 美術熱の高まりに伴い、受講者に変化はありますか?
昨今の美術ブームについて
美術展では行列ができ、ブームが過熱の様相を呈しています。今年で40年を迎えたNHK文化センター青山教室で、美術ブームについてお話を伺いました。
青山教室の羽原氏によると「BS番組やネット動画の高品質化によって、美術、アートのコンテンツを、制作側が重要な位置づけとしてとらえるようになったのでは?」と推察されています。
さらに「疲れて家に帰ったビジネスマンは、暗いニュースを見るよりは、安らぎを求めたい。その結果、選択されたのがBSなどの美術番組だったのではないか」
「作り手側と見る側のニーズが、ビジネスマンという新たな層を獲得し、美術ブームに一石を投じたのかもしれない」と分析されています。
あくまで「私見です」とおっしゃいます。しかし、絵画が、映像の高画質化に耐える重要なコンテンツの一つとなったという視点は、技術革新から生まれた新たな価値の発見ともいえます。それがブームを押し上げる推進力となったというのは、うなづけるお話です。
もう一つのヒントも提示されました。それは「現代アートの人気沸騰です。若い人たちが中心となり、香川県の直島、金沢の21世紀美術館、越後妻有の大地の芸術祭などに、多くの人が集まっています。このような動きとともに、若冲のような現代アートにも見える絵画を時代が求めるようになったこと。そんな相乗効果によって、新しい美術ファンを開拓しているのではないでしょうか」
現代アートで人気の直島
美術講座への影響は?
美術展への関心が年々増す中、観るだけでなく、学びたいという知識欲もでてくるのではないでしょうか?美術講座の受講者に変化はみられるでしょうか?
「美術講座への参加者は多岐に渡り、親子、夫婦、勤め帰りの若い会社員、デザイン系の人・・・など幅広くなりました。受講目的は、それぞれだと思われますが、これまでの美術解説に飽き足らなくなった人や、アカデミックな視点とは違う講座を求める新たな受講者が集まってきたように感じています。さらに、評価される絵ではなく、自分の好きな絵を見つけて楽しみたいと思うようになり、講師のトーク力も重視されるようになったように思います」
美術は堅苦しいものではなく、自由な捉え方をすればいいという価値観が浸透し、新たな視点の講座を受け入れる土壌ができ始めたのかもしれません。
2. ビジネスパーソンと美術講座の反応に変化はありますか?
ビジネスパーソンをどう捉えていますか?
美術の新たなターゲットとして「ビジネスパーソン」がトレンドのようです。この傾向についてどのように感じられていますか?
「ビジネスパーソンに美術史が必要とされる理由でよく言われるのは、グローバル化の中で、外国人と接する際の教養として重要な位置づけとなるということです。
そこで4月から「ビジネスパーソン」をターゲットに、日曜日に開催する講座を企画しました。講師に西洋美術史家の木村泰司氏を迎え「世界のビジネスエリートが身につける教養『西洋美術史』」をスタートしたところ多くの受講者に申し込んでいただきました」
しかし、受講者はビジネスパーソンに留まらなかったそうです。男女、年代問わず実に幅広い方が集まり、主催者側が想定した受講者の属性の範疇を超えたといいます。
「求められていることは、学校で学んだありきたりの美術の歴史ではない、その国の価値観までわかるような、深い教養を身に着けたいというニーズの高まりを感じました。また、木村氏の内容ある解説には圧倒されます。講師の魅力という新しいニーズが生まれつつあるようです。新たな視点の講座に講師の魅力が加わり、良質な美術講座として、属性を超えた人が集まったと思われます」
3. ビジネスマンと「美術講座」の展開について
ビジネスマンというターゲットについて考える
ビジネスマン向けの美術講座について現在、手探りのご様子。今後の展開に向けて、現在、考えたり感じていることを伺いました。
「『ビジネスパーソン』とは何か?と、自問自答をしているところです」
主催者側がイメージしたターゲットを超えた受講者が集まる現状。「ビジネスパーソン」の定義とは何だろうか。「ビジネスパーソン」という言葉が、多くの人の心をとらえることを目の当たりにし、改めて考え直しているところだそうです。
「ビジネスパーソンというのは、もっと広い意味を含む言葉なのではないか。そして、美術だけでなく、もっと視野を広げてみてもいいのではとも考えるようになりました。そこで、今年の4月からは、音楽、ワイン、宗教などにも広げ、新講座を試みているところです」
「世の中を知ろうと思えば、ありきたりの教養講座ではダメなのかもしれません。受講者の知的欲求は、さらに広がっており、易経、歌舞伎、古代ギリシャ、プロトコールなどの講座も、反響があります」
ビジネスパーソンというキーワードに集まる多種多様な人たちは、属性が持つ「マインド」やイメージの部分に価値を感じているのでしょうか?
「ビジネスパーソンという言葉は、徹底的、とことん、ものすごいという意味を含んだワードとして、使われているのではないでしょうか?日本ではより高性能を求める傾向があり、言葉もよりハイスペックに変化しています。ビジネスマンがビジネスパーソンに、そしてエリートビジネスマンへと、変化しているのかもしれません」
言葉としては、ハイスペック化していても、その根底に流れているマインドは同じ。また、属性や学ぶジャンルも一つのアイコンとしてのキーワードなのかもしれません。
4. インタビューから美術講座が持つポテンシャルを探る
美術講座には、秘めた大きなポテンシャルがありそうです。その芽や、可能性、今後のひろがりなど伺いました。
芸術と経済の関係と若者を中心とした動向の変化
ベネッセコーポレーションで会長をつとめていた福武總一郎氏の「経済は文化のしもべ」という言葉をご紹介いただきました。芸術こそ至高の価値を持つものという意味だそうです。
「日本列島総アート化傾向が見られます。そこに、刀剣女子のブームなども加わり、インスタグラムやSNSなどの発信も年々盛んになってきました。その背景には、撮影OKの美術館が増えたことも一因と考えられるでしょう」
「主催者側も、一般公開前にブロガーに開放する日を設けて、情報拡散を図っている動向を見ると、どうもネットや若い層を巻き込んだ、新たなアートの構造変化が起きているように感じています。青山教室の講師、河野元昭氏が館長を務める静嘉堂文庫美術館でも、ブロガー内覧会を開催していると伺っています。鑑賞者が、多様な捉え方を求めだしているというニーズへの取り組みの一環ではないかと感じています」
NHK文化センターとして目指すもの
これらの動きにどう応えるか、一番新しい宿題ととらえ、現在、取り組みが行われています。
「NHK文化センターは40周年を迎え、従来のオールドカルチャーからニューカルチャーへの転換をはかっているところです。その取り組みの一つが、高規格教室「グランルーム」です。8Kテレビも備え、素晴らしい音響と、座り心地の良い椅子を導入。五感すべてに訴えながら、ゆったりと受講していただくことを目指しています。カルチャーの新しい取り組みとして、アート講座は、グランルームの目玉コンテンツとして、前面に打ち出していく予定です」
5. おすすめの講座紹介
NHK文化センターで行われている講座の中から、これからでも受講できるおすすめの講座を3講座、ご紹介致します。
木村泰司のフランス美術史 木村泰司先生
芸術の国として圧倒的な地位を誇るフランス。1648年にパリの王立絵画彫刻アカデミーが創立されて以来、フランス絵画は独自の美意識を発展させてきました。しかし革命後は、政治同様に美術界も激動の世紀となりました。フランス史とともにフランス絵画の変遷を学ぶ講座です。
日程:7/6スタート。7/6、8/3、9/7の3回講座。
いずれも土曜日の午後1時半からの講座。
木村先生の講座は、現在、ご著書と同名のタイトル「世界のビジネスエリートが身につける教養『西洋美術史』」に加えて、2講座となります。この講座は、10月以降も続きます。
詳細はこちら⇒https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1150505.html
絶対おすすめ12選〈魅惑の日本美術展〉河野元昭先生
日本では素晴らしい美術展が数多く開催されています。これは世界に類を見ないことだといいます。美術史や時代の背景を知らなくても、オススメの美術展の予習をしながら学ぶことができる講座です。個々の美術展を通して理解を深めていけば、1年後、それぞれの知識がどこかでつながるという楽しみがみつかるはず。
饒舌館長の異名を持つ、河野元昭先生の講座は、笑いを盛り込むことをモットーにされています。難しい内容も、笑いがあれば楽しむことができるというお考えです。この講座で予習をしてから、美術展に訪れたら、きっと作品について饒舌に語りたくなるはず。
日程: 5/2 6/28 7/26 8/23 9/27
10/25 11/22 12/27 1/24 2/28 3/27
第4金曜 4/26から12回(~3月)
講師:河野元昭
「饒舌館長」の美術ブログでもお馴染み。美術番組の解説でチラリとのぞかせる饒舌ぶりを、ぜひ講座で体験をしてみて下さい。
途中からの受講も可能です。取り上げる展覧会など詳細はこちらから⇒https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1118759.html
広重の東海道~旅のノウハウを探る~ 小池満紀子先生
歌川広重の名作「東海道五拾三次之内」(保永堂版)は、旅人やその土地に暮らす人々の姿を日本の美しい自然風土の中に描きました。抒情あふれる作品の世界は、見る者の心を満たし、旅へといざないます。
東海道の五十三の宿駅に日本橋と京橋を加えた55図のシリーズをとおして、あたかも旅ガイドの役割を果たしていることに気づきます。浮世絵を楽しみながら江戸の文化を知り、当時の美意識を探ります。
日程:4/24 5/22 6/26 7/24 8/28 9/25 6回講座
(途中からの受講可。いずれも水曜日の午後1時半からの講座)
講師:小池満紀子
貴重な浮世絵、原安二郎コレクションを管理する会社(中外産業株式会社)の美術担当。Eテレ日曜美術館でその名を知られるようになった小原古邨の貴重なコレクションを収蔵することでも有名です。第一級の浮世絵講座です。
詳細はこちら⇒https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1145888.html
取材を終えて
ビジネスパーソンとアートに関わる書籍が書店で賑わいを見せています。ビジネスパーソンというキーワードは、従来の受け止められ方から、より広い意味でとらえられ、変化していく気配を感じます。青山教室の羽原氏も新たな可能性を見ながら模索されているようでした。
カルチャーセンターの取り組みとしても、新たな技術革新を、講座の中に取り入れながら、社会の変化や時代のニーズをキャッチし、新しい文化を創造していることがわかりました。人間だけが持ちえたあくなき知への欲求。その学び方は、時代によって形を変えて進化しています。
私たちの知りたい欲求は、常に新しいものを求めています。インターネットやSNSなど、新しい技術やコミュニケーションツールを駆使して、自らにも問題提起をしながら、新しい創造を求めていくことは、属性を超えた共通点なのかもしれません。
多様な講座のラインナップから、あなたの好奇心を満たしてくれる新たな講座を探してみてはいかがでしょうか?
この記事のキーワード
この記事のライター
ライター 著書は10冊以上。VOKKAでは専門を離れ、趣味の美術鑑賞から得られた学びや発見、生きるためのヒントを掘り起こしていきたいと思います。美術鑑賞から得られることで注目しているのが、いかに違う視点に触れるか、自分でも加えることができるか。そこから得られる想像力や発想力が、様々な場面で生きると感じています。元医療従事者だった経験を通して、ちょっと違うモノの見方を提示しながら、様々な人たちのモノの見方を紹介していきたいと思います。美術鑑賞から得られることは、多様性を認め合うことだと考えています。