【連載小説】死の灰被り姫 第3話
お菓子の家に迷い込んだ牛は、流れで二人の子供を助け出す、が……!
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「ありがとう。俺の名前はフンデル。妹のゲローデルもこの家のどこかで虐待を受けているはずだ」
馬車たちは土間から奥の間へ進み、階段を上って二階へ出た。そこではかまどの前で、火加減をチェックしているお婆さんとゲローデルがいた。ゲローデルはお婆さんから虐待をうまくはぐらかし、逆にかまどに突っ込もうとしていたようだったが、すんでのところで馬車たちが音を立てて上ってきたので、お婆さんは警戒してこちらを振り向いた。とっさにゲローデルがお婆さんの恥骨を蹴り上げた。「ぐげっ!」前のめりになったお婆さんの鼻をゲローデルは肘で打ち抜く。「ぶば!」続けて、後ろ回し蹴りが水月に叩き込まれる。「がぼっ!」掌底が顎に入る。「えぎゃっ!」髪の毛を引っ張り込みながらの膝蹴りがお婆さんの前歯をバキバキにへし折った。「べばああああ!!」そのままかまどに押し込み、お婆さんは火だるまになる。
「やったか!?」フンデルは言った。
「そうだと……いいけど」ゲローデルはかまどから距離をとった。ごうごうと燃えさかるかまどの中で、お婆さんは悶え苦しみながらも、こちらを凝視していた。揺れる瞳は、やがて、馬車をとらえた。
「きさま……使い魔だな?」お婆さんは言った。「それも、『川の女神』の……なぜここにいる? 仕事はどうした? なぜ私の邪魔をする?」
「質問が多すぎる!」馬車は言った。「お前など知らん!」
「知らん、で済むか! あほんだら!」お婆さんは言った。「川の女神とわたしゃ、同業者……同じ組合員なんだよ! 職務放棄してここに来て、その上きさま、同業者の邪魔して、生きていけると思うなよ!」
馬車に電撃が走ったが、すぐに冷静になった。そんなこと、私に関係はないのだ。これ以上、孤独で空虚な私の人生を、無意味に彩られてはたまるか、という、女の子の意地が、ふつと沸き上がってくるのだった。
「子供を虐待するような組合員なんてくそくらえだ。川の女神だってクソ女だ! 私は、ただの一人の女の子だ。私の生きたいように生きるんだ!」
「その馬車に乗ってる女を投げ捨ててもか!」お婆さんは焦げた指で、荷台の姫を指す。
「この子は被害者だ。せめて城までは届けてやる」馬車は一瞬、お婆さんの言葉に意表をつかれたが、それでも毅然として言った。
「ならばお前に姿を与えよう。魔女を舐めるなよ。この私を炎で焼き滅ぼした、その代償、さだめの呪いとして思い知るといい、灰をかぶった哀れな女と、もどるべくなき愚かな牛、無様に踊れ、呪の溶ける、未明の五時の、五十分まで」
朱色に染まる炎の中で、お婆さんは真っ黒な炭となり、ぼろぼろの灰となってくずれ去った。それは壮絶なうめき声を伴う悪魔の断末魔であり、かまどに向かっていた一同はみな真っ青になった。寒々しい気持ちがして、救われたはずなのに、どこか虚しかった。というのも、最後に遺された言葉が気になったからだ。
フンデルが馬車に声を掛けようとして振り向き、それからぎょっとした。馬車は、人間の女の子の姿になっていた。もっとぎょっとしたのは女の子その人である。
それは思いもしない姿だった。牛は、まさか人間の女になるような日が来るなど、思ってもみなかったのだ。なろうと思ったこともないし、べつになりたいと思ったこともなかった。だが、向き合ったまだ小学生か中学生くらいのフンデルがどぎまぎして、目を慌ててそらすのを見て、女のカンで瞬時に、自分は美しい方なのだ、美牛だったのだ、と悟った。
彼女はちょうど二歳になる年頃だった。人間で言うと、二十歳前後だった。そのみずみずしい肉体はまさに野性味にみちあふれ、元が牛であったことを証明するように、豊かな胸を誇らしげに実らせていた。これが人間の肉体か、と、彼女は思った。悪くない。いずれ解ける魔法でも、悪意に満ちた魔法でも、それがなんだ。私は何もかも受け入れて、楽しんですら見せてみよう。女の子はそう思うのであった。
「あの……服、着てください」フンデルはそらした顔を赤らめながら、言った。女の子は素っ裸なのであった。
「おっと、失礼」女の子は苦笑して、そうか、フンデルが恥ずかしがっていた理由はそれか、と合点した。勘違いしちゃったな。てへっ。それと同時に、自分の自意識過剰具合に寒々とした気分が襲いかかってくるのだった。なんていう滑稽で虚しい奴なんだろう、真っ青になりそうだよ! そしてゲローデルが持ってきてくれた、おばあさんの着替えを借りて、それを着た。
灰かぶり姫は、ようやくLSDの夢から醒めようとしていた。
「私は、これからこの姫をお城のダンパに送らなきゃいけない仕事があるのよ」女の子は言った。それを聞いて、兄妹はうらやましがった。
「それはうらやましい。俺たちは家に帰っても煙たがれるだけだし、飢饉だから食うものもない。せめて一夜の夢として、城のダンパに参加させてくれないか」兄妹は口々にだだをこねる。
「そういわれてもなー」女の子は迷惑そうに顔をしかめた。とりあえず命をなんとかしてやったのに(というか、どっちにしてもゲローデルがやってた気はするが)、この上贅沢言われても。私だってしたくてしてる仕事じゃないんだ、義理人道上ほっとけないだけだ! それに、わたしだって女神から、こいつを送り届ければ仕事は終わりって言われてる! 子供のお守りまで背負う理由はない!
そのときだった、灰かぶり姫がのそっと起き上がり、子供たちにヌッと顔を近づけたのは。
「ぼうやたち……このまま、彼女にお城に連れて行ってもらったらね、すっごい恩ができちゃうと思うのね。それをどうやって返すのかな?」
子供たちは、うっとなって、だまってしまった。女の子は内心、いいぞ! と思った。なぜ彼女が味方してくれるか分からないが、これで邪魔者は追っ払える!
「それでね? その恩を、短期間で、すぐに返せる話を、私、知ってるの」姫は言った。「原発って知ってる?」
それから姫は、原発で働くことで得られる高賃金と、各種補助金や手当について、熱く語った。子供たちはすっかり熱狂し、「この恩は原発で働いて返す!」と意気込み、意気揚々と城に向かって歩き出した。
その少し後を、姫と女の子は並んで歩いていた。「あんた、なに考えてるんだよ……あんな子供に原発の仕事紹介するなんて」女の子は姫に小声で苦言を申し立てた。姫は涼しい顔をしていた。
「私と同じ苦しみを、みんな味わってほしい」姫は言った。「みんなが不幸になってほしい。みんな、親を失ってほしい、ガンになってほしい、未来に絶望してほしい。私と同じ苦しみを分かってほしい」姫は無感情にそう言い続けた。女の子は、その言葉を聞いて、姫の心の深淵の孤独を知った。彼女もまた、抗えない虚しさと寒々しさに苦しんでいるのだ。誰にも、自分の話を聞いてもらえぬまま…………
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この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。