【連載小説】死の灰被り姫 第2話
死の灰被り姫をお城の舞踏会へと連れて行くため魔女に扮した川の女神。しかし不審者と間違われ玄関を固く閉ざされてしまう……姫は舞踏会へ行けるのか?
- 3,013views
- B!
「使い魔といったって、私に何させるつもり? 私、自分で道も憶えられない食っちゃ寝のただの箱入り女の子だから何もできないよ」牛は言ったが、魔女は気にしないようだ。
「未経験でも不問な軽作業よ。いまから、継母にいじめられてて、せっかく今日は城でダンスパーティーがあるのに留守番させられてる哀れな娘の家に押し掛けるわ」
「強盗すか。もし殺るんなら自分でお願いしますぜ」
「口の聞き方に気をつけろ、メス牛。だれが強盗じゃい。人助けよ。可哀想な娘をダンスパーティーに行けるようにしてあげるの」
「うーん、包丁振り回す人が慈善事業をやるようには見えんけどなー」牛はこけにしていた。
「もちろん組合から仕事として回してもらって、ギャラはもらってるわ。おっと! 組合の収入源は聞くなよ。命が惜しければな」
牛は、自由になるまで逆らわないことに決めた。
そうして一行はその家にやってきた!
娘の生みの両親は原発事故で亡くなり、その娘も被爆していたので、周りからは「死の灰かぶり姫」と呼ばれていた。川の女神は正体がバレないよう魔女に変身し、牛はネズミに変身させられた。
「ちゅー(なんで私まで変身させるか)」牛は不平を言った。
「あとで馬車にもなってもらう」魔女と化した女神は言った。
家の玄関を叩くと、みすぼらしい格好をした死の灰かぶり姫が姿を現した。
「こんばんは死の灰かぶり姫。おまえをお城のダンパに行かせてやるよ」魔女は言った。
姫は扉を締め、チェーンをかけた。
「開けろや、コラ!」魔女は扉をガンガン叩いた。「私の話を聞け!」
「ちゅー(無理もない。不審者がいきなりうまい話を持ち込むんだ、詐欺だと思うに決まってるわ)」
姫は部屋の片隅でがたがた震えていた。「こわいよう……また甘い言葉に惑わされて、爆発したり、被爆したりするんだ! おああああああああああっ!! チェルノブイリ!!」その声は町中に響き渡ったので、玄関にいた魔女とねずみも当然、ドン引きしていた。
「こりゃ説得は無理だ」魔女はそう言ってポケットをまさぐった。何をするのかな、とネズミが思ってる間に、彼女は石で窓ガラスを割って、ポケットから取り出した揮発性LSDを染み込ませた綿を中に投げ入れた。数分後、マスクを付けた魔女とネズミが突入すると、姫はすっかりラリっていい夢をみていた。
「ほれドレス! ほれ靴!」魔女が抵抗できない姫に魔法で次々と衣裳を着せ、外に引っ張りだした。「よし、あんた馬車になれ」ネズミはそう言われた瞬間、馬車になっていた。
「女神さん、いくらなんでもこんな扱いあんまりでさあ」馬車は不平を言った。
「立場をわきまえろ! 貴様は使い魔なのだ! 女の子だった過去は忘れろ! 話は仕事が終わってから聞いてやる! とにかく、こいつを乗せて、城に行くんだ!」
「この子、城についてもラリってたらどうすんすか?」
「とにかく王子に会わせろ! あとは私がうまくやる! とにかく会わせるんだ! うまくやれよ!」それだけ言って、魔女は去っていってしまった。
馬車はしかたなく、ラリってよだれをたれながしながらヘラヘラ笑ってる姫を乗せて、とぼとぼ進みだした。ああ、なんて虚しいんだろう。寒々しいんだろう。どうしてこうなってしまったのか、誰でもいいから聞いてほしいよ。川もないのに空気は冷たいし、空を見上げても、もう月は雲に隠れてしまったよ。だから馬車は、地面に目を落としながらとぼとぼと歩くだけだった。門限の時間にさえ間に合っていたのなら、こんなことにならなかったのにな。五時五十分にさえ……そうしてとぼとぼ歩いているうちに、猛烈な空腹を憶えた。ああ、森で迷ってから何も食べてない上、すごく走ったし、その上一度ネズミサイズに胃袋が収縮して、今は馬なのだ。今は馬。今馬。あーあ。おなか減った。虚しい。さびしい。孤独だ。でも、さすが街だけあって、パンクズくらいは落ちてるものだな。馬車はパンクズを拾い食いしながら歩いていった。そうして地面に気をつけてみると、パンクズはけっこう落ちているものだ。馬車はパンクズを拾い食いしながら、しだいにパンクズを追うように進路を取っていた。そして、それはしだいに、深い森へと、知らず知らずのうちに吸い込まれていくのだった…………
どれだけの時間が立ったか、腹がふくれた馬車がふと我に返り、辺りを見渡すと、鬱蒼とした森の中だった。状況を飲み込むにつれ、真っ青になった。夜の闇に溶けるがごとく、青々としてしまった。なぜこんなことに!? いえ、わたし、わるくない! だって、だってそうだよ! ごはんくらい仕事前に食べさせるべき! 女神の落ち度! 管理職がなってないから! しかし、どんなに言い訳しても、この鬱蒼とした森の中でひとり呆然としているという現実は変わらず、ただただ孤独で、寒々しかった。引き返そうと振り返っても、もはやどこから来たのかも判然としなかった。完全に迷った。こんなの、聞いてない。ぜんぜん聞いてないよ。
が、よくよく聞き耳を立てて……よく聞いてみると、自然のものとは明らかに異質の音がする。人の生活する音だ。意外と街は近かったのかな? と思い直し、そちらに進んでみた。じき、明りが見えた。やった、と馬車は思った。さっきいた街でなかったとしても、孤独で寒々しい森の中よりはなんぼもましだ。帰り道を教えてもらえるかもしれない。そして早足で向かって行ったそこにあったのは、たった一つぽつねんと建つ、異様な建物だった。
これは、なんだろう? 一般に見受けられる建築物とはよほど違った様相である。どうやらこれは、部分部分は人間の子供たちが好んで食べるお菓子を模したように見えるが、こんな森の中でこんな趣向の家を建てるなんて、いったい施工主は何を考えているのだろうか? まあ、そんな事情はどうでもいい。とりあえず人がいるというのは安心だし、ラリった姫を休ませたい。馬車は家に歩み寄り、戸を叩いた。
「すいません、道に迷ったものです。一晩泊めてほしいんです。女の子が二人です。とても困っているんです」馬車はそう言った。しばらく待ったが、返事がない。もう一度ノックし、大きな声で同じことを繰り返す。やはり返事がない。これは、無人なのかな? と疑ったが、しかし居留守かも知れないと思い、悪いことだとは思いつつ、ドアにこっそり聞き耳をたててみた。
「………タスケテ……………タスケテ………………」
馬車はドアを蹴り開けた。蝶番ごと吹っ飛んだお菓子の扉の向こうに開けた部屋の様相は、凄まじかった。男の子が地面に首まで埋まり、口に漏斗が突き刺さり、そこに粉砕されたお菓子と水が混合された泥のような栄養食が強制的に流れ込んでいく、人間フォアグラ製造機!! その頭上ではブリキの機械が蒸気機関でタービンを回し、お菓子を粉砕していて、点滴の要領で一定の間隔で流れ出てくる水と混合されている。外見のファンシーなイメージとはかけ離れたテクノロジカルな光景だ。フォアグラ状態の男の子が、口から流動食を溢れ出させながら、「タスケテ……」と言っているのだ。馬車は漏斗を蹴り跳ばし、男の子の周りの土間の土を掘り返して彼を引っこ抜いた。すでに男の子の体は体脂肪でぶよぶよになり、肝硬変の一歩手前のようだった。体が自由になった男の子は、すぐに口に手を突っ込み、胃にパンパンに詰まっていた流動食をすべて吐き出した。
「いったい、これはどういうことなの……?」馬車は言った。
「……助けてくれて、ありがとう」男の子は言った。「俺の話を聞いてくれるか?」「もちろん」
男の子は話し始めた。村が飢饉のため口減らしに妹ともども森に捨てられたが、家に帰れるようにパンクズを目印にまいておいた。しかしそのパンクズがなぜか消滅した! 途方に暮れた俺たち兄妹は森をさ迷い、このお菓子の家にたどり着いた。ここにはお婆さんが住んでいて、お菓子を好きなだけ食っていいと言った。俺たちは喜んだ。
「ああ、好きなだけ食っていいよ! 好きなだけな……そう、死ぬほどねえええええええええ!!」
「それが、悪夢の始まりだった」男の子は言った。「奴は俺たちを肥え殺そうとしてるんだ」
「信じがたい話だけど、世の中にはそういう非常識な人がいるってこと、私はしってる」馬車は言った。「助けさせて。一緒に村に帰りましょう」
この記事のキーワード
この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。