【連載小説】死の灰被り姫 第13話
グルメ勝負「肉料理」
- 2,888views
- B!
「では泣いても笑っても最終勝負!」大臣はヤケクソ気味に言った。「『肉料理』はじめ!」
・王様 牛肉づくし
・王女 ………?
王様が運ばせた巨大な皿に、ありとあらゆる牛の部位が乗せられていた。
「解説致しますわ」王様は既に勝った気で、自信満々に説明を始めた。「牛は生後二年のメスを使いました。ステーキは焼く十五分以上前に胡椒をします。マスキングの効果がありますからね、臭いを抑えるのです。塩は早めにふりすぎると水分とうまみが染み出てしまうので、焼く直前に摺り込みます。焼きながら振ってはだめですよ、塩が肉に馴染まないのでとがったしょっぱさになりますからね。レアに仕上がるように焼き、コニャックでフランベ致しました。こちらがサーロイン、こちらはフィレの中でも中心部のシャトーブリアン、そしてザブトン、トモサンカク、中落ち。こちらの串になっているのはカシラ、マル、リブロース。こちらはミスジのタタキです。……おかわりは大量にございますので、どうぞお気に召したお肉をお言いつけください」
「おお……こんな多種多様な肉を一度に見るのは初めてだ……!」王子は料理を前にして感嘆の息を漏らした。そして料理を口に運び込む。「素晴らしい! 肉はどれもとても柔らかく、野趣にあふれた旨味があるが、かといって臭みや雑味はまったくない! 火の通りも絶妙! 中は美しいルビー色に濡れているが、生焼けではなくきちんと火は通っている! 肉を知り尽くしていなければこんなステーキは焼けない! それに串も最上級だ! 串で食べる肉がこれほどうまいなんて!」
「(勝った……)」王様は笑った。ステーキというのは、肉をどれだけうまく焼けるか、それだけの料理に過ぎない。だがそれだけに、素材の価値は大きいのだ。そして、この城近辺に、これ以上の素材は存在しない! 牛の肉は、古今東西、もっとも評価されている食肉なのだ! こいつに勝てるわけがない!
「さて……王女、あなたも料理を」大臣が王女を見た。しかし、王女はだまって空虚を見つめるだけだった。「王女?」大臣はもう一度呼んだが、王女は動かなかった。
「王女、どうしました! 料理を出してください!」大臣が大きな声で言ったが、王女はやはり黙ったままだった。
ギャラリー「王女さん、どうしちゃったんだ……(ざわざわ)」
ギャラリー「もしかして……料理ができなかったのか?(ざわり)」
ギャラリー「バカな……四皿あるって言ったのは王女の方じゃないか(ざわっ)」
ギャラリー「結婚してくれ……(胸がざわめく)」
ギャラリー「不戦敗か……(わー)」
そんなギャラリーの事は無視して、王女はただ、じっと祈るかのようにフロアの隅を睨んでいた。
「(やはり……間に合わなかったのか……)」
「王女、これが最後です! 料理を出しなさい!」大臣が最後通告を宣言した。
「どうやら、王女は料理ができてないみたいねえ」王様はあざけった。「不本意な結果だけど、これじゃしょうがないわ」
「うむ、どうやらそのようですな」大臣は首を振った。「では王子、王様の不戦勝を宣言してください」
「あ、ああ……」王様は言われて、席を立つと、王様の手を取って高く掲げた。「この花嫁勝負、最終戦の不戦勝により、王様の……」
「待ちやがれええええええええい!!」
大きな声がし、城門が轟音を立てて開いた。「その勝負、待ちやがれえええええええええええええい!!」
「なんだてめえらはああああ!!」門番の兵が叫ぶ。黒い影が、門番の目に指を突っ込む。目を潰されて顔を抑えながらうずくまった門番に続けざまにサマーソルトキックが放たれ、門番は吹っ飛んだ。
ゲローデルだった。
倒れた門番を、肥満気味のフンデルが踏み越えてホールに走り込んできた。
「王女! 待たせたな!」フンデルは言った。その手には、鶏が掴まれていた。
「フンデル、ゲローデル!」王女は走り寄ってきた二人の肩を抱いた。「きっと来てくれると信じてたよ」
ギャラリー「鶏だ!(ざわ!)」
ギャラリー「鶏がいるぞ!(ざわざわ!)」
ギャラリー「あれで勝負する気か!?(ざわあ!)」
ギャラリー「しかし、制限時間は過ぎた! 今からの料理じゃ反則だ!(ざっざっざ!)」
ギャラリー「関係ない! 作れ! 勝負しろ!(ざ)」
ギャラリー「勝負を続けろ!(ざ)」
「どうします?」大臣は王子に聞いた。
「いや、もう作らせるしかないでしょ」王子は空気を読んだ。「王女、この場でその鳥を料理してみよ!」
ホールにキッチンが運び込まれ、王女は前に立った。そして、鶏を抱き、目を瞑った。
どうしてこんなことになったのだろう。
いろいろなひとと関わって、こんなことになったのだ。
そして、今私は、ここにいるのだ。
まだ幼いフンデルとゲローデルが、私を励まし、イカを捕るのも、野菜を探すのも、手伝ってくれた。
そして、私が求める鶏を、時間一杯かけて、探し出してくれた。
ここからは、どうして、なんて言わない。
私の意思が、それそのものが、理由になる。
王女は鶏を握る両手に力を入れた。鶏は苦しがり、暴れた。
すると、鶏の肛門から、卵がひとつ、転がり出た。
「生んだ!」「生んだぞ!」「卵が!」「卵が生まれた!」「バース・オブ・エッグ!」ギャラリーは沸き立った。王女はその卵を脇に置くと、包丁で鶏の首を落とし、逆さに吊った。
そして血抜きが終わると熱湯につけ、羽を毟り、腹を割いて内臓を抜くと、両足を切り落とし、もも肉をとり、食べやすい大きさに切っていった。
浅い鍋に油を敷き、もも肉を塩、胡椒、酒、みりん、醤油などでいためる。
「オリエンタルな調味料を使ってるわね……」王様は言った。「ま、鳥ごときでは、ステーキには太刀打ちできないわ。無駄なあがきよ」
王女は卵をわり、それを器に落としてから溶きほぐし、鍋に流し込んで肉とからめた。そして半熟になったところで火からあげて、鍋のまま王子の前に置いた。
この記事のキーワード
この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。