【連載小説】死の灰被り姫 第14話【完結】
勝負の決着、そして……
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「こ……この料理はいったい!? 見た事のない調理法だが……」王子は戸惑った。
「『親子丼』という食べ物です。鍋が大変お熱くなっていますのでお気をつけください」王女は言った。
王子は、まだぐつぐつと卵が煮えるその料理に、スプーンをくぐらせ、ふうふう口で冷ましてから口に運んだ。
王子は動きを止めた。
会場も王子の動きに注視し、静まり返った。凍り付いたようだった。
王子の目から、大粒の涙がこぼれた。
それを見てギャラリーはざわざわしだした。大臣はドン引きした。
「この料理は……」王子は口を開いた。「そうか……君は……そういうことか」
「何が『そういうこと』なの!?」王様は焦った。「おいしいの? まずいの? はっきり言ってよ!」
「この料理は……『原発』なんだね」王子は言った。
王女は、黙ってうなずいた。
「煮えたぎる、燃える鉄の中で無惨にも死んでいったぼくと君の両親……そしてその子供であるぼくたちにも、いまもなお暗い陰を心の中に落とし続けている……。その親子の無惨を、悲愴を、一つの料理に表したのか……」
「わたしたちの『殻』は割れてしまったまま、二度と修復はできないんです」王女は言った。「でも、もし……中身を一度崩された卵でも、二度と昔には戻れない心だとしても……おいしい料理にはなることはできる。私たちの存在は糧になる。できることなら……今度こそ、大切な卵を、大事に温めて、未来へ羽ばたく雛を孵したい」王女は言った。「同じ痛みを知っている、あなたとともに!」
「……ありがとう」王子は涙を流しながら、親子丼を食べ続けた。
「……どうやら、勝敗は聞くまでもないようですな」大臣は溜息をつきながら言った。
ギャラリー「王女の勝ちだああああああああ!(ざわーーーーーーー!)」
ギャラリー「王女バンザーーーーーイ!!(ざっざーーーーーーーーい!)」
ギャラリー「オレと二重結婚してくれーーーーーーーー!!(二重結婚してくれーーーーーーー!!)」
ギャラリー「このまま結婚式にしちゃおうぜ(しちゃおうぜ)」
ギャラリー「ざわざわ(ざわざわ)」
王様は王子と王女を見て、体中の血管をピクピク痙攣させていた。
「王様、こうとなっては潔く負けを認めましょう……」大臣が王様の肩に手をかけた。「二人を祝福してやりましょう。もともとダンパの日にそうなる事になってたんです、元の鞘に納まっただけなんです」
だが、王様は全身をピクピク痙攣させていた。その様子に、大臣はドン引きを越えて、カオスを感じていた。
「(だ……駄目だ……まだこらえるんだ……! チャンスはまだ……ある……はず……)」
「王様!? お気を確かに!」大臣はただならぬ様子の王様にきょどりはじめた。王子と王女も異変に気づき、王様を心配そうに見やった。
「う……うごごごごご!」王様の体が裂けながら巨大化した。
「ギエエエエエエエ!!」大臣は悲鳴を上げて腰を抜かした。ギャラリーは沸き立ち、一斉に逃げ出した。
「いったい何が起こってるんだ! こんな話聞いてないぞ!」王子はテンパって言った。
「王様が……王様が! なんかえらいことになってる……!」王女は先ほどまで男を巡るライバルだった相手が、原因不明の巨大化をなして血を撒き散らすのを目の当たりにし、どうしたらいいか分からなくなっていた。
王様の腹が、バリバリと音を立ててばっくりと割れ、内臓が勢いよく飛び出した。ものすごい太さと量だ。
「王様が死んじゃう!」ゲローデルが恐怖で泣き始めた。フンデルも怯えている。王女は二人の目を手で塞ぎ、「子供たちは逃げて! 医者を呼んできて!」と城門の方へ押しやろうとした。
「い……医者などいらぬ! いらぬわあああああああ!!」しかし王様はそう叫び、体はめりめりとめくれ上がり、表と裏がひっくり返った。
……そして中から現れたのは、牛だった。体中の肉が削ぎ落ち取れた、骨が丸見えで、内臓がむき出しになり垂れ下がっている、おぞましい姿の、変わり果てた牛だった。あまりの出来事に、王女以外は完全に思考停止していた。
「……そうか……そういうことだったのか」王女は怒りに震えていた。「いつの間に……こんな真似をしたんだ?」
「夕方……頃……だ」牛は言った。「この女は……こともあろうに私を食材にしようとしてね……返り討ちにしてやった……そのときだ……この計画を思いついたのはな!」
「このど畜生め……」
「ふふ……この女の肉と内臓を取り、皮をかぶる! そして中に入れるよう、私は自分の肉を極限まで切りとり、それを食材にした……そうだ、いい事を教えてやるよ、王子……」
牛は、呆然となっている王子の方を向いた。王子は恐怖に震えた。
「あのテリーヌを固めたコラーゲンは、王様の皮を煮て取ったんだ。おまえは花嫁候補の皮のコラーゲンをうまいうまいって食ってたんだよ、ザマーミヤガレ!!」
「う……」王子は青々として、崩れ落ちた。「うげええええええええええええええおおえええええええええ!!」
王子の口から、花嫁バトルで供された食事が全てゲロになって吐き出された。
「お……お前は絶対に許せない!」王女はキッチンにあった出刃包丁を取って構えた。
「うるせえお前も殺してやる……王様も王女もいなくなれば自動的に私が王妃なんだ、一回ねたし!」
「そんなわけあるかバカヤロー! 今の自分の姿見てみろよ!」
牛は問答無用で王女に襲いかかった。王女は出刃包丁の突きを繰り出すが、牛は肉のそげ落ちた体で信じられないほど機敏に動き、包丁を躱すと王女の後ろに回り込み、自分の大腸で王女の首を締め上げた。
「うぐぐぐぐぐ!」王女は首に食い込む大腸をかきむしるが、ぬるぬるして指がすべる。
「窒息死しろ!」牛は腸がちぎれんばかりに引っ張り上げる。王女は酸欠で目の前がちかちかして、力が抜けていった。
そのときだった、バリン、と何かが割れる音がしたのは。
王子が、昨日の王女爆殺未遂の際にひろっていたガラスの靴を割ったのだった。その破片を手にした王子は牛にとびかかり、ガラスの破片で大腸を切り裂いた。王女は投げ出されるように自由になり、地面に手足をついた。王子はそのまま牛の口の中にガラスをつっこみ、顎にアッパーを叩き込んだ。ガラスは口の中で滅茶苦茶に割れ、口蓋をずたずたに引き裂いた。
「もおおおおおおおおおおおお!!」牛はいななき、悶え苦しみながらのたうち回った。口から血が水道のように溢れ吹き出してくる。
苦痛の中、己の運命の寒々しさに牛は孤独を感じた。なんでだ。どうしてこうなった。なんで私がこんなに追いつめられなきゃいけないんだ。ただ、人よりちょっと幸せになりたかっただけなのに。それが過ぎた願いだったというのか。そのために滅ばなければいけないのか。私の話を聞いてくれる者はいないのか。誰か助けて。助けてよ。
痛みで涙がこぼれていた。牛はそれを手でごしごし拭ったが、そのとき妙な異変に気づいた。
指がある。
目を開いてみると、そこにまぎれもない人間の指があった。人間の腕、人間の顔かたち、人間の乳房、人間の体があった。
人間に戻れた。
人間にもどれた!?
女神が、再び、力を貸してくれたのだ!
世界が明るくなるのを感じた、光に包まれているような気がした、人間に戻れた、ああ、一度めには何とも思わなかったこの事が、今はどんなに喜ばしいだろう! こんなに、生きることの輝きを、人になるという事が感じさせてくれるなんて! もう、使い魔でも、なんでもいい! あの女神に一生かしずこうとも、死後地獄に堕ちようとも、この甘美な生に溺れたい! ずるい女でいい、都合がよくてもいい、このはじける喜びに比べれば、なにもかも捨てていい!
目の前に、川の女神が立っていた。
その姿は、今の女の子には、一回りもふた回りも大きく見えた。
女の子は、女神に対して喜びの涙を流しながらひれ伏した。
「今分かりました、女神様。私がなくしたものは、人間の姿です。人間の姿だったんです。この喪失が、私にとって、もっとも欠落したものだったのです」
女神はにっこりと微笑んだ。女の子は顔を上げ、その暖かい笑みに神々しさを感じ、歓喜に打ち震えた。二人は微笑み合い、暖かい光に照らされていた。
「うそつき」
女の子に巨大な雷が落ち、爆音とともにその体を打ち砕いた。
…………城のホールにいた者たちは、呆然としていた。倒れていた牛が、突然、爆発してミンチになったからである。
その後、王子と王女は正式に結婚したが、牛が爆発した場所から原因不明の放射線が検出されるようになり、首都機能は移転せざるをえなくなった。その際の土建の仕事を請け負い、また、もといた城の土地建物の権利を買い取ったのも、女神組合だったという話である。
(了)
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この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。