【連載小説】死の灰被り姫 第7話
明かされる、王室の血縁。
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「昨日、王女と共通の話題で盛り上がっていらっしゃったように、王子の実のご両親、先代の王と王妃は原発事故でお亡くなりになりました。二人揃って視察に向かわれた際の不幸な事故でした。私はその代の頃から大臣をしておりましたから、あの事故の寒々とした記憶は今も鮮明に思い出せます。知らせを聞いてドン引きしたのを憶えてます。そして、当時あなたはまだ幼く、兄弟がいなかった先王は一族にもほとんど後継者がおらず、辛うじて外戚から今の王を招いたのです」大臣は言った。
「なにを、今更そんな話を……」
「そして、王様は実は女の子なのです」
王子に電撃が走った。いったい何を言ってるんだこいつは。そもそも、なんでそんな話になってるんだ。なぜこんな事になったのか、誰か教えてくれ。だいたいあのジジイが女の子なわけ……そこで王子は、外戚の義父である王様の姿を思い起こした。そういえば、ヒゲをたっぷりたくわえていて髪も白いわりに、生え際が不自然な気がするし肌に艶があって奇麗すぎる気がする。声も高い。そういう声質だと思っていたが、言われてみると、女性が無理して低い声を出してるとも言えなくもない。それに近くを通りすがったとき、なんだかいい匂いがする。
二人がそういう話をしているその頃一方、牛は目覚め、自分の姿に寒々としていた。
「何という事だ……魔法が解けてしまっている! ごまかさねば……なんとかしてごまかさねば!」そしてこっそりと寝室を出て、兵の見回りの隙をついて廊下を移動している最中だった、にわかに城門の外が慌ただしくなった。兵たちも慌ただしく城門の方へ走っていく。なんだろう? と思った牛は、彼らの会話に耳をそばだてた。
「王女だー!」と、兵が口々に声を上げていた。そうか、死体が上がったのか。そして牛は若干、彼女には悪い事をしたと思った。昨日は急に自分が抑えきれなくなり、王子を何としても奪い取りたくなって、どうしょもなくなったのだ。その「嫉妬」という感情は牛にとって初めてのもので、どう対処したらいいのか、全く分からなかったのである。そして王女を爆殺し、念願の王子を思う存分姦淫した今となっては、残ったのは虚しさと、寒々しさだけだった。
王女が、王女が、と、兵たちは何度も繰り返す。そんなに騒ぐ事もなかろう、死体一つで。即位数時間の王女など、早く忘れてやってくれ。牛は思った。
「王女が帰ってきた! 王女の帰還だ!!」
その兵の言葉に、牛は電撃が走った。帰ってきた!? 両足を吹き飛ばされた、王女が、たった一日で!?
牛は城門に急いだ。突然現れた牛に兵たちは仰天し、呆然とするが、そんなの今かまっていられるか。牛は猪突猛進し、城門を飛び出し、曇った鈍く光る太陽の下に立った。目の前には、車いすに座り、両足に陸上競技用義足「ラビット」を装着した王女が、不敵な笑みを浮かべていた。
「地獄から蘇ったわ……」王女は言った。
「お……おのれ」牛はわなないた。王女は笑いながらも、目は鋭く牛を睨みつけていた。「王子は渡さない。あなたには恩があるけど、あなたを殺してでも王子は手に入れる。あなたが私にしたように!!」
そう言って、王女は兵に顎で合図し、車いすを押させて城に入っていった。牛はそれを見ながら、魔女、川の女神の仕業に違いない、と確信していた。こんな灰かぶり姫が足吹っ飛ばされた状態で一晩で、こんな用意ができるわけがないんだ。それに、知ってはいけない女神組合の収入源だって想像がついたぜ。こうやって人助けした後で、恩義をタテに金を取るんだ。灰かぶり姫が城の財産を得てから、マージンだといってむしるんだろ? ヤクザだぜ。
そうとわかれば、なおさら王子をくれてやるわけにはいかないね……。この城の財産、女神にも、女神のオモチャにされてしまった姫にも、やりたくないよ。この金、ぜんぶ、私のものだ!!
牛はダッシュで城にかけ戻り、王子を捜した。「王子! 王子ー! もう一度抱いて! この姿の私でも、愛してるって言って! 昨日そう言ってたように! もう一度流し込んで!」そして動物的聴覚により、王子の声を聞き分けてその部屋を探り当てた。さあ突撃だ! と思ったが、踏みとどまった。どうやら中にはもう一、二人いるようで、様子もどうやら変だ。そこで悪いことだとは思いつつ、ドアにこっそり聞き耳をたててみた。
「王様……本当によろしいのですな?」大臣の声だった。
「ええ……王子くんも、もう子供じゃないからね」王様は言った。女の声だった。
「お父様……」王子の声は震えていた。
「お父様なんて、よして! 私、ずっと自分の気持ちに耐えて、それを演じてたの。もう……やめたいの。ね?」
王様は王冠を取り、カツラを脱ぎ、ツケ髭を取った。そこには、まだあどけない若い女の顔があった。そして女は分厚い羅紗のマントを落とし、シルクのローブの紐をゆるめた。普段マントに入ってる肩パッドによっていかつい体格にみえたが、衣服が払われて露になった肩はほっそりとし、びろうどのようにきめが細かく、まるでルネサンスの彫刻のように美しかった。ローブをゆっくりと落としていくと、胸のふくらみが見えてくる。それはお椀のように均整が取れていて、ローブの襟の圧にも負けず、ふっくらと形を保っていた。王子の喉の音がなった。
「行方不明の王女や、牛女のことなんて、もう忘れて。いっそ私を、お嫁さんにして」王様は言った。
「ええっ!?」王子はたじろいだ。「でも……親戚同士だし……」
「私じゃ、だめなの?」王様は涙ぐんだ。「あなたのお父様のお母様のお兄様の娘の息子の妹じゃ、だめなの?」
「王子!」大臣が言った。「この際、これほど血が離れているのなら問題ないと思われます。ご決断を!」
王子はためらった。いかに血縁が離れていても、同じ王族同士で結婚となると、ちょっとな、というのはあった。それに、今までこの人のこと父として接してきたのに、今日からほとんど年の変わらない女の子、妻として接しろなんて、無理だろ。どうしてこんなことになった! というか、ほとんど年が変わらないなら、なんでそんな遠縁から王として呼んだんだ? 俺を即位させろよ! なんだこの大臣! この日のためか? 巨大な陰謀なのか!?
が、王子が口を開く前に、窓ガラスが粉砕した。三人が思わず伏せて、恐る恐る顔を上げると、そこには陸上競技用義足をはめた王女が飛び込んできていた。
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この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。