【連載小説】死の灰被り姫 第5話
舞踏会に鮮血が舞う!
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「ずいぶん騒がしいことね」姫はそう言いながら、北京ダックの皮をむしゃむしゃ食べている。拉致してから五時間以上たってるから、腹も空いたんだろう。女の子も、パンクズで満たした腹が減り始めたので、そのへんの肉や魚を摘みながら、とりあえず様子を見た。
「姫、とりあえず王子を見つけておくれよ。私はあんたを王子と会わせるまで帰れないんだ。小腹を満たしたら、王子探しだぜ」女の子は言った。姫はその言葉を、うんうんとうなずきながら聞いていたが、やがて顔が紅潮し、へたりこんでしまった。
「なんか、体が熱い……」姫はそう言って脱力した。女の子は、どうしたことかと思い姫を抱き上げたが、自分の体もなんだか全身がひりひりと敏感になりつつあり、妙な気分になっているのに気づき始めていた。心臓がどきどきする。
「しまった! 薬を盛られたか!」しかし気づいた時には遅かった。ダンスパーティーは深夜の部へと移行し始めていた。貴婦人たちは興奮しだし、服を脱ぎ捨て、水揚げされた魚のようにびちびちと跳ね回った。時間は午前二時を回ったところだった。会場の奥の王座が階段状にせり上がり、そこに豪奢な衣裳を身にまとった王子の姿が現れた。
「魚どもよ!!」王子は言った。「貴様らが得るべきは、水か! それとも潤いという本質か! 海の広さか、愛の深さか! そのどれともつかぬ、懺悔の深淵か! たとえば鈍く光る月! 冷たく流れる川の傍! 鬱蒼とした森の闇! そして夜の闇に溶けるがごとき、おまえの青ざめた悔恨の顔を、どうして我が傍にかしずかせよう! 全ては欺瞞! 全ては愚問! この壮大なる皮肉、暗澹たる茶番を、おのが自身で認めたものから、即刻恥を知り自害するがいい!!」
「お、王子様!!」姫は王子に駆け寄ろうと走り出した。「駄目だ、今は行くな!」女の子は止めようとした。「あいつは明らかにコカインをキメている! ヤバいぞ!」だが制止は間に合わなかった、姫は階段を駆け上がり、王子の前に躍り出て、抱擁のために両腕を開いた。
「くせ者!」王子は腰に差していたサーベルで姫を袈裟切りにした。
後を追っていた女の子の胸に、姫が鮮血を撒き散らしながら転げ落ちてきた。
女の子の胸の中で、姫は力なくぐったりとしていた。血が暖かく、じわりと広がっていった。
浅い息が細かくつかれていた。彼女を抱く女の子の腕に、自然に力が入った。
ダンスパーティーの音楽は止んでいた。狂い興じていた貴婦人たちも凍り付いていた。王子のサーベルだけが、ぽた、ぽたと、血をしたたらせていた。
「このざまだ」女の子は言った。
(BGM: ラフマニノフ ピアノ協奏曲第二番 第二楽章)
「すべての狂乱、すべての愚かさ、すべての無知、すべての幼稚さ、それが彼女を殺した。ただこの子は、運命に虐げられた現実から逃れるすべを得ようとしただけだったのに。それも、彼女の望んだことではない。……そう言う意味では、私も共犯なのだ。私たちが、彼女を、望んでもいない高みに引き連れようとして、このような不幸を招いた! ……誰が詫びればいい? この不幸な娘にさらなる鞭を打って、無惨な骸へと追い込んだことを、誰が詫びればいいのだ? 斬った貴様が詫びるのか? どうすればいい。どうすれば彼女の魂は癒される。汚されたまま、救いすらないまま、彼女は天国へ行けるのか? お前のような奴の懺悔を受けて!! ……だが、このような呪詛ももはや何の意味もあるまい。すべては、私の忌みごとだ。私は、彼女のことなど放っておいてやれば良かったんだ。彼女は、ただ、生きてれば幸せだったんだ。どんな過去があれ、どんな呪の元に生きようとも、おまえは、生きているだけで美しかったんだ!! それを、私たちは虚飾でぬりたて、あるはずもないさだめを押しつけ、死の運命へと誘った!! 愚かなことだ。彼女を美しく、幸せにしようとした私たちは、結局のところ、彼女を醜い骸へと変えたのだ。さあ、あざ笑え! それが、私たちへの罰であり、結局であるのだから!!」
「おお! 我が罪をどう償えばいいのか!」王子はサーベルを取り落とし悲嘆した。「いったいどうして、私の刃がこれほどに悲痛な犠牲者を出してしまったのか、我ながら、問うに問えぬ! 悔やんでも、悔やみきれぬ!! そもそも、この財界の腐敗した貴婦人を接待するためのらんちきパーティーにそういう清廉な淑女がどうしているんだよ!! 聞いてないよ!! だが、だからといって罪から逃げぬわけにはいかぬ! せめて、贖罪の接吻を!」
そして、王子のどさくさのキスで、じつはまだ意識のあった姫は若干引いてたが、周りの空気的に起き上がらないわけにはいかなくなり、痛みに耐えて体を起こした。会場は拍手喝采、奇跡だ、神の徴だ、と大いに盛り上がった。
奥の間から、事を終えた王様と大臣が出てきた。
「なんと、王子の接吻でそちが蘇ったとな! これは神のおぼしめし! 新王女、バンザーイ!!」
王様と大臣のかけ声に、一斉に会場は応えた。「王女バンザーイ!!」その沸き立つ空気の中で、女の子は、義務を果たしたんだ、という晴れ晴れとした気持ちを抱いていた。やるべきことはやった。仕事を終えた。それだけだ。そう、それだけなんだ。
だが、その今までの緊張感が途絶えたとき、心の中で、ふと割り切れない感情があることを、自分に嘘をつけない心があることを、彼女は無視できなかった。
「……わりにあわないよね……」女の子は、口の中で呟いた。
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この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。