悲劇的結末を招く!絶対に真似してはいけない愛の告白
空気の読めない男の子が、どうして相手にうまく気持ちをうまく伝えられないのか、人生を振り返りながら考える。悲劇の恋愛掌編小説。
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高校の卒業式の日、ぼくは勇気を出して同じクラスだったあの子に告白した。
「ずっと……ずっと好きだった!」ぼくはそう叫ぶと同時にあの子を日本刀で袈裟切りにした。彼女の肩から腰にかけて斜めに刃が入り、バラのように鮮血が割いた。
「好きだ! 好きだ! 好きだあああああーーー!」ぼくは日本刀を続けざまに振り回し、あの子を滅多斬りにする。あの子の体はめちゃめちゃに裂け、血は辺り一面に飛び散った。
息が上がり、ぜえぜえ肩で呼吸をつく。彼女はふらり、と体を傾け、そのまま倒れるかに見えた。
「……ごめん」彼女はしかし、踏みとどまると、袖に隠していた匕首をするりと手に取り出し、ぼくの腹を突き刺した。ぐうっ、と苦痛の呻きが思わず漏れる。
「どうして!」ぼくは日本刀で刺し違えるように彼女の腹を刺し返した。お互いに、急所をついていた。どちらももう長くはないだろう。
どうしてこんな事になってしまったのか、聞いてくれ…………
あの子の事で頭がいっぱいになってしまったのは一年ほど前だ。高校二年の冬。
「来年は受験だね」あの子は言った。
「あ、ああ。……君と同じ大学に行けるといいな、なんつってね……」ぼくはそう言って彼女を見た。
だがなんということだろう、彼女は隣にいる女友達に喋っていて、ぼくに話しかけたのではないのだ! あの子と、女友達は、ぼくを見て気まずい雰囲気になってそそくさとその場を離れてしまった! それは当然だ、ぼくはその二人とほとんど会話した事がなかったのだ! 返事をする方がどうかしている! KY! 蓋しKYである! その日から、彼女の中でKY扱いのぼくがどうやったらまともに対話する立場に慣れるかを考えた。その結論が、告白するしかない、というわけだ。
KYになった原因はそのさらに一年ほど前だ。高校一年の冬。
すでにその時には、ぼくは彼女に関心を抱いていた。同じクラスで、容姿端麗、学業優秀、そして書道部で字が超きれい。だけど、日本刀マニアのぼくが話しかけるきっかけなんてなかった。
一度休み時間にむりやり、あの子と女友達との会話中に突然割って入って「書をやってるんですか? ぼくは日本刀好きなんですよ、書と刀、日本の文化ってすばらしいですよね!」って、何の脈絡もなく話しかけたけど「あ、うん……」と困惑された。SKY(スーパー空気読めない)である! それから女友達が「あー、ところで吉祥寺に新しいネイルサロンができたんだけど」と言いだしたので、話題が女子トークになってしまい、ぼくはその場に突っ立ったまま、ときどき「へー」とか「はは」とか言って虚ろにたたずむだけの存在に成り果ててしまった。その時のぼくの気持ちがわかるかい!? これが高校生活でほぼ唯一、あの子と会話した体験だ!
そもそもあの子にひきつけられたのはその一年前だ。高校入試のとき、ぼくは真冬の滝に向かって日本刀の素振りをしていた。それが精神統一にいいと、日本刀マニアであるぼくは思い込んでいたのだ。そしてノルマの時間をこなし、滝から上がって、ふと思ったのだ。この滝の水、下流はどうなっているんだろう。興が乗ったぼくは川沿いに歩いてみた、するとどうだろう! そこにはわさび畑が広がり、中学の隣のクラスのあの子が収穫を手伝っていた!
ぼくの素振りをした水でわさびを育てて収穫するなんて、これはもはや運命だ、と思ったものだ。
だがその一年前に、あの子は交通事故で死亡していた。あの子のクラスのみんなは、葬式に行ったようだ。ぼくも、悲しくなった。どうして、こんな年で逝ってしまうんだ。運命は残酷だ。
その一年前、中学一年のぼくは、あの子の女友達であり、幼馴染みの「その子」に、女の子を泣かしたりしたらだめなんだよ、と怒られた。
というのはその一年前、小六のとき、ぼくは彼女を泣かせたからだ。小学生の頃、ぼくはその子の事が好きだった。幼い頃からずっと身近にいたし、自然に距離が近かったからだ。だけどその頃は、素直になれずに、ちょっとした拍子に意地悪をして、泣かせてしまったのだった。
ただ、からかっていたつもりだった。からかわれて怒っていたその子も、本気で嫌がってるわけじゃないと思っていた。だけど、ついに彼女が泣き出したとき、ぼくは自分が何をやってるのかが分かって、気まずくもなり、恥ずかしくもなった。謝る勇気もなかった。側にいたあの子がその子を慰めに駆け寄り、ぼくをキッと睨んでわさびを投げつけた。あのわさびはいまでもぼくの心に突き刺さったまま、癒えることがない。
その子がただの幼馴染みとして、ただの近い存在としての「好き」から、異性としての「好き」に変わりつつあったのが、その一年前くらいからだろう。ぼくはその子にどう話しかければいいのか分からなくなっていき、KYになっていった。
そして、その一年前の事だった。あの子に初めて会ったのは。
たまたま、その子の家で遊んでいるときだった。男友達と遊ぶ事の方が多かったが、小学生の頃は彼女の家に行くような日もあった。
その日、その子の家に、その子と、あの子がいた。
「初めまして」あの子は言った。
ぼくも頭を下げた。
それから三人で、お菓子を食べたり、おしゃべりをしたりしていたが、あの子が「塾の時間だから」といって帰った後、ぼくはその子にちょっと叱られたのだった。
「あんた、KYだよ! このKY!」
「えっ、なんで?」ぼくは戸惑った。
「あんた、あの子のいる前で『お寿司にわさびなんていらないなー』とか言ってたじゃん。あの子、わさび農家の子なんだよ?」
「えっ、そうだったんだ……」ぼくはそれを聞いて、知らなかったとはいえ、悪いことをしたと思った。「でも、やっぱりわさびは辛いよ」
「それはあんたが子供だからだよ!」その子は言った。
「お前だって子供のくせに!」ぼくはいらっとして、つい意地を張った。
「だからさ……」その子は、渦巻く心を抑えながら、言った。「私もまだわさびは苦手だけど、一緒に大人になろうよ。みんなで。みんなで、わさびのあるお寿司を食べられるようになろうよ」
その表情は、いやに切実だった。
「わかったよ」ぼくは言った。「一緒に、大人になろう」
だが、さらに一年前………
その子も病気で死んだ。
まだ小三だった。ぼくはもうその子に会えないと思うと悲しくて仕方なかった。
ほんのその一年前まで、その子とは毎日のように顔を合わせていたのに。ぼくとその子の家は家族ぐるみの付き合いで、その子の両親が用事で家に帰れない時などは、その子がうちにお泊まりに来ることもあった。ぼくの親はお寿司の出前を取ってくれて、みんなで食べた。ぼくとその子はさび抜きの寿司だった。それから一緒にお風呂に入り、一緒の布団で寝た。両親たちは微笑みながら、「二人は将来結婚するのかな?」などと冗談めかして言っては笑っていた。
その一年前。ぼくはその子の遺品整理に呼ばれた。その子のお母さんは、気に入った物があったら持ってっていいわよ、と言ってくれた。ぼくはありがたいうな、悲しいような、妙な気分になりながら、その子の部屋に入った。すでに部屋はさっぱりと片付いており、ぼくは何か残ってないかな、と、おもむろに押し入れを開けた。
そこには、壁にも、床にも、天井にも、びっしりと書が施されていた。
その子の字じゃなかった。うますぎた。
あの子のものだった。
それは、あの子を体現したかのような、美しい草書でこう書かれていた。
「死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて死なせて」
さらに一年遡って、ようやくぼくは決心した。
あの子を、殺してやろう。
もう、十分だ。そうだろう。
ぼくも、もう幼稚園年長だ。
時間がない。
一年間、遡りながら、押し入れの暗闇の中、ずっと待つ。
さらに一年待った。あの子はこない。
さらに……。なあ、あの子よ。きみはどこでさ迷ってるんだ? どこで、読ませる当てもない書をしたためているんだ? この暗闇の中にいるのか? 光の中にいるとは思えない。
さらに……一年。
ぼくは歩き出した。気配をやっと感じ取れたからだ。
昔の方向に歩く事、一年はたったか。
あの子はいた。
うずくまり、必死に書を書いていた。死なせて、死なせてと。
「ねえ」ぼくは言った。「もう、苦しまなくていいよ」
ぼくの手には日本刀が握られていた。
あの子は振り向いた。交通事故で打ち砕かれた、悲惨な姿を、ぼくに晒した。
「君の事、好きだった」ぼくは日本刀を構え、彼女を袈裟切りにした。
手応えはあったが、彼女は楽にならなかった。
二度、三度と、思いきり斬りつける。だが、あの子は呻き苦しむばかりだった。
「ごめん……」あの子は崩れ落ちながら言った。
「どうして!」ぼくはあの子を刺し貫く。
「だって」あの子は言った。「あなたがKYだから」
気がつくと、一年は遡っていた。
すぐ側に、その子が立っていた。子供の頃に死んだその子が、高校生の姿で、はっきりと面影を残して立っていたのだ。
「浮気者」その子は言った。
「いや……」ぼくは慌てて戸惑った。「それは、だって、お前が、あっさり死ぬのが悪いんだよ!」
「しょうがないじゃん」その子は取り乱すぼくを見て笑みを作ろうとしたが、涙がこぼれた。「また、泣かした」
「その子」ぼくは、彼女に歩み寄った。
「……ぼくたち、どうすれば良かったんだろうな。どうすれば、みんなでわさびの入った寿司を食えるようになれたんだろう」
その子は、涙で濡れた顔をぼくに向ける。
「食べようよ。いつでも」
ぼくは恐ろしくなった。そして、何かを確かめるように、彼女をそっと抱き寄せた。氷のように冷たい彼女の感触が胸に広がる。
そのとき、ぼくは悟った。いつのまにだろう。ぼくはもう死んでいるのだ。
「KY」あの子が言った。「あなたは、私じゃなくて、わさびに憧れてただけなんだよ。気づいた?」
どこからか、酢飯と、魚の匂いが漂ってくる。懐かしいような、寂しいような気持ちをかき立てられる。これは、寿司の匂いだ。
「お供えだよ」その子が言った。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、その子も、あの子も、ぼくの姿も闇に溶けて消えていき、後には、わさびの涼しい香りだけが残っていた……
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この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。