2016/03/11

福引き

福引きで客寄せをしていた商店街だったが、そんな平和な世界は、ある日突然終わった……。ジャスコ(イオン)好きの女の子の、命がけの戦いを描いた掌編小説。

kaneshiro金城孝祐
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  • B!

 もっとも人間を殺した動物はいったい何か。それは人間自身か?
 違うのだ。人間は第二位だ。いちばん人を殺したのは……

 小林かな子は、お使いで商店街に来ていた。せっかくの休日なのに、ジャスコ(イオン)に行けないで、家のお使いで商店街に行かなきゃならないなんて。ジャスコ(イオン)で買えばいいじゃん、と、かな子はぶーたれてたが、母親は「ご近所付き合いもあるから」と商店街に彼女を向わせたのだった。姉も家にいたが、姉は発売されたばかりのストリートファイター5をやっていたのでてこでも動きそうになかった。
 そういうわけで、かな子はお使いに、母親はママ友とランチに(ジャスコもといイオンで)、姉は留守番という体でスト5。あーあ。さっさと買い物済ませてジャスコ(イオン)行こうっと、そう思いながら店を回り、食べ物や電池、トイレットペーパーなどの生活用品を買って回った。
 最後に、親が飲むための酒類を買いに、酒屋に足を運ぶ。ビールやウィスキー、おつまみ類をカゴに入れ、会計する。
 「かな子ちゃん、よかったらこれ、やらない?」酒屋の店主がレシートと同時に、何か妙な紙を差し出す。「今、福引きやってるんだよ」
 「はあ」かな子はその紙に書いてある文面を読んだ。

あすもきっといい天気!
ナショナル製品が当たる!
たのしい福引き大会!
ノークレーム・ノーリターンでお願いします
お勘定をお支払いの後、
ネームプレートを下げている店員にお声をお掛けください。
笑顔で対応致します!
さわやかに!
ンジャメダ直輸入のガラガラ!
ガラガラを回して商品ゲット!
ささやかなプレゼントです!
さあ、期間限定のいまのうち、
レッツ、チャレンジ!
田中酒店

 かな子は景品の欄も眺めてみる。一等はナショナルのエアコンだ。
 「エアコンかあ……」かな子ははからずも心が高まった。うちはエアコンは居間にしかない。私の部屋は夏は扇風機だ。正直言って暑い。だから涼しいジャスコ(イオン)が好きなんだ。エアコン、欲しいな。
 「やってみます」かな子はそう言って、レジの横にあったガラガラを回した。コロン、と黄金色の玉が出た。
 「大当たりいいぃぃーーーーーーーーーー!!」
 「うっそおおおおおおおおおおーーーーーー!?」
 「ナショナルのエアコンだあああああーーーーーーーー!!」
 「やったあああああああああーーーーーーーーー!!」
 かな子はナショナルのエアコンを抱えて家へ走った。
 「憧れのエアコンゲットだーーーーー!! 夏涼しくて冬暖かいエアコンだーーーー!! 外よりも空気がきれいになるエアコンだーーーーーー!!」
 そして玄関のドアを蹴り開け、姉の部屋に突入する。
 「姉ちゃん見て見て! 福引きでエアコンゲットしたぜ! すげーだろ!」
 姉は血まみれで倒れていた。
 「姉ーーーーちゃーーーーーーーーーーーーん!!」エアコンを取り落とす。エアコンはバキッ、と音を立てて割れた。
 「いったいどうして!」姉を抱きかかえ上げると、腹部に深い刺傷があり、そこから出血していた。
 「刺されている……!」
 ふと、スト5のコントローラーの側の床を見ると、そこには血文字があった。ダイイングメッセージだ。
 「蚊」の、ただ一文字が……

 「蚊に、刺されたのね……!」かな子の声は震えた。
 ふと、頬に風を感じて、窓を見ると、全開に開け放たれていた。
 「姉ちゃん、暑いからって窓を開けっ放しにしたせいで、蚊が入ってきて、そのせいで刺されたのね!」かな子は涙をにじませて悔しがった。「ちくしょう! エアコンさえ部屋にあれば! エアコンがあれば窓なんて開ける必要なかったのに!」
 そして福引きの券を取り出し、どうしてこれを昨日引かなかったのか、と悔やんだ。
 だがそのとき、気づいてしまったのだ。
 この福引きの文面の一字目を、縦読みすることで、未来が暗示されているということを……
 「あナたノおネ笑さンガささレ田…………あなたのお姉さんが刺された!?」
 かな子は理解した。運命はすでに示されていたということを。そして、それを自分が拾えていたら、福引きなどにうつつをぬかさず、重いエアコンなど抱えず、全力で家に走って戻って姉を救うこともできたかもしれない、まだ息があり、応急処置をして救急車を呼ぶこともできたかもしれない……彼女は自身の愚かさ、無力さ、蒙昧を呪った。そして誓ったのだった、必ず姉の仇は取ると。
 かな子は家を飛び出し、再び商店街に向った。入った店は、薬局である。
 「すいません、殺虫剤をありったけください!」かな子は店員に言った。
 「どうしたんだい、虫でも出たかな?」店員は笑った。
 「笑うな! 姉が死んだんだ!」
 「え!? 虫で!?」
 「そうだ! 早く殺虫剤! 殺虫剤ちょうだい!」
 「わ、わかりました……」そう言って店員は殺虫スプレー、ホイホイ、ホウ酸団子、バルサン、農薬を並べた。かな子は全部買った。
 「お急ぎのようだけど、一応言っとくと、福引きやってるんで、よかったらやります?」店員は言った。
 かな子は差し出された福引き券をひったくると、文面を読んだ。

ツイてる! ラッキー福引き!
ギラギラお日様夏びより!
はー、最近肩が凝る……
オッケー、そんな時こそ福引きだ!
まあ、気楽にやりなよ
エロい!
ノーパンピアニスト来日
ばい菌予防にしっかり手洗い
ンジャメダ直輸入のガラガラ!
だて薬局

 かな子は一字目を縦読みした。
 「ツギはオまエノばンだ…………次はお前の番だ!」彼女は震えた。「狙われている……既に!」
 あわてて店の外に飛び出す。そこで目にしたものは、道ゆく人々の全てが倒れ、血まみれになっている惨憺たる風景だった。一様に刺傷があり、みな道路にダイイングメッセージで「蚊」と血文字を書いていた。
 「蚊め……! 男も、女も……老人も、子供も無差別に刺している……許せない!」
 そこに店員が、ガラガラを持って走り寄った。
 「福引きを引いてください!」
 「福引きどころじゃない! これを見ろ! 人が死んでるんだぞ! みんな死んだぞ! 今にも蚊が来るぞ! 蚊が来るぞ! ハイ蚊蚊蚊! 蚊蚊蚊! 蚊蚊蚊、蚊! ヘイ! 蚊蚊蚊! 蚊蚊蚊! 蚊蚊蚊、蚊! ソイ! 蚊蚊蚊! 蚊蚊蚊! 蚊蚊蚊、蚊!」
 「福引きを引けえええええええええええええええっ!!」
 「わーったよ」
 かな子がガラガラを回すと、中からアサルトライフルが転がり出た。
 「これは、アメリカ陸軍も採用しているという、M16A4!」かな子は驚く。
 「これだけのことをする相手だ、殺虫剤だけじゃ分が悪いでしょう。それを持っていくといいですよ」店員は言った。
 「店員さん……」かな子は店員の気遣いに胸がいっぱいになった。「私、やるよ! 死んでいった姉や、皆のためにも! そして、あなたの心に応えるためにも!」
 「ああ、応援してるぼっはああああああああああああああっ!!」
 店員の胸から極太の針が突き出て、血が噴出した。
 「えっ……?」
 呆然とするかな子の視界に、崩れ落ちる店員と、その背後の巨大な黒い影があった。
 その黒い影は六本の足を持ち、外骨格に覆われ、大きな二枚の翅をばたつかせ、口は巨大な注射針のようになっていた。
 蚊だ。

 倒れた店員は残った力を振り絞って血文字で「蚊」と書いているが、かな子にはもはやそれにかまっている余裕はなかった。
 「どうしてなの……」かな子は震える声で言った。「酒屋のおじさん!」
 「蚊」はどこからどうみても「蚊」であったが、その顔だけは人間だった。そしてそれは、酒屋のおじさん、田中さんだったのだ!
 「クックックッ……」田中は笑った。「この商店街は……滅ぼす!」
 「なんで! おじさんも商店街の一員なのに!」
 「俺様はなあ……ジャスコ(イオン)のスパイなんだよ!」田中は高笑いした。
 「そ、そんなーーーーーーーーー!!」かな子は衝撃のあまり銃を取り落とし、へたりこんだ。あんなに大好きだったジャスコ(イオン)が、そんなことをするなんて。ひどい。ひどすぎる。
 「こんな商店街、ジャスコ(イオン)が建てば自然消滅するかと思いきや、福引きなどやって商戦がんばっとるようだから、強硬手段に出させてもらったというわけだよ」
 「くっ……」かな子は歯ぎしりしてわなないた。「訴えてやる! 貴様らを訴えてやる!」
 「どうぞ、お好きにな。お前のような小娘にできるもんならやってみろ」田中は言った。

 「そこまでよ!」
 声がした。かな子がふと辺りを見渡すと、一帯はジャスコ(イオン)の警備部の人間に囲まれていた。そして、その前には、母親の姿があった。
 「お母さん!?」
 「田中さん、年貢の納め時よ」母親は言った。「かな子、彼の言ってることは全て嘘よ。彼はジャスコ(イオン)のスパイなんかじゃない。隣町の商店街のスパイなのよ!」
 「何を根拠にそんなことを!」田中は怒鳴る。
 「全部知ってるわ……なぜなら、私がジャスコ(イオン)のスパイだからよ!」母親は言った。
 かな子&田中「そ、そんなーーーーーーーーー!!」
 「この町の商店街を全滅させ、それをジャスコ(イオン)のせいだという風説を流布させて悪評をたたせれば、客は隣町に流れるわ。田中さん、あなたが十年前にこの町に引っ越して商売始めたいって言い出した時からずっと当局はあなたの動向には注意してたのよ。残念だったわね!」
 かな子は銃を拾い上げ、田中に向けた。
 「よくも……よくも騙したね」
 「待て! 撃つな!」田中は後ずさった。「撃たないでくれ、かな子ちゃん、話しを聞いてくれ! かな子ちゃん、いや、かな子……俺は実は、君の、パパなんだ……」
 「嘘つけーーーーーーー!!」かな子はM16をフルオートで撃ちまくった。田中は蜂の巣になった。
 「ぐう、無念……」田中は血文字で「人間」と書きながら言った。「だが、これで終わりではないぞ……俺を倒しても二匹目、三匹目の蚊が必ずやってくる……人類に安泰の日はない……」

 
 ——蚊が原因による死者は1年間に75万人にもおよび、2位の人間(47万5000人)を押さえて「地球上でもっとも人類を殺害する生物」となっている


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金城孝祐

小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。

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信州の曲者が集まるCLUB Autistaに所属する道楽者。車と酒と湯を愛し、ひと時を執筆に捧げる。

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