グミ王子の農夫の壮絶な職歴
とある農業国の農夫の苦難に満ちた職業遍歴をつづった掌編小説。
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「アメリカ軍によるUFO撃墜から一年で世界情勢は大きく変わりました。兵器の流出入は激しくなり、また辻に立ってパントマイムをするだけで拳銃や手榴弾がおひねりになるほど入手が容易な現状です。いまやパントマイムや武器の転売は主婦が旦那の留守中に趣味としてたしなむことも普通に行われている、それはまだいい方、夜、女を買ったら、さあこれからという時に主婦が躍り込んできて恫喝する、いわゆる美人局などやらかすことまであり……聞いておるのですか王子! 会議中にグミを食うな! こうしている間にも、我が国の主要な産業ほうれん草栽培は致命的に損害をこうむっているのですぞ! そうなったら農業大臣である私は罷免! 私の保身のためにも会議を聴けゴミ野郎!」
だが王子は上の空だった。三日前、美人局にひっかかって主婦にトラウマを植え付けられた上、それを癒そうと二日前ネットでエロサイトをみていたらウィルスに感染してPCがクラッシュし、昨日憂さ晴らしに子供を蹴って遊んでたら反撃にナイフで足を刺され、すでに人格が崩壊していたのである……!
「ぜんぶUFOのせいだ!」王子は突然叫ぶと両腕を振り回し、窓ガラスに向かって走るとそれをぶちやぶり、三階からおっこちた。農業大臣は窓から、真下の畑にぶちあたってまき散らされた王子の姿を見下ろした。
「肥料になっちまった!」大臣のあわてぶりに、ことの事実も確認しないまま新聞記者はスクープだと騒ぎ立て、翌日の新聞一面見出しは「王子、肥料になる」となった。国民は狂乱。「王子の肥料はどこで買えますか!」「ぜひうちのほうれん草に、王子をひと掴み!」「王子を栽培したい」「王子を食べてみたい」「オージービーフ」
だが肉体は滅びても、王子の精神はその大好物だったグミにのりうつって生きていた……! 「なにが肥料だ! なにがほうれんそうだ! 農業国なんて糞だ! 必要なのは産業革命! そう、工業化に、サービス業! 美人局を主力産業に切り替えるのだ!」
それからというものの、生まれ変わった王子の指導力によって歓楽街が大いに発展し、美人局が横行した。が! 同時にUFOの激しい攻撃が始まった! 宇宙人が美人局にひっかかったのである。
「卑劣な美人局など、根絶やしだ!」宇宙人は歓楽街を占拠し、酒、金、女を独占した。王子! 聞いてるんですか! このグミ! 農業大臣を罷免されて農夫になった男が言った。
グミは考える。こうなったら、自決爆撃しかない! それでUFOのPCをクラッシュさせ、宇宙人どもを肥料にするのだ。そして、ほうれん草をうえよう。いちめんが緑になるように、いっぱい、いっぱいほうれん草をうえよう。飛行機からほうれん草のタネと、ビラをまこう。「君たちのお母さんは旦那の留守中に趣味をたしなんでるぞ!」って。元農業大臣で農夫のセスナパイロットは作戦が半信半疑だったが、果たせるかな、やってみればそのビラの効果は絶大だった。宇宙人どもは、自分の留守中に母親や嫁がどんな趣味にふけっているのか気が気でなくなり、ふさぎこんだり、泣き出したり、壁に何度も頭を打ち付けたり、UFOごと地面に落ちたり、意味不明なことを叫びながら周りの人間を殴り飛ばしたりし始めた。
「今だ、やれ!」農夫(セスナパイロット)から陸軍大臣になった男が言った。王子の軍勢はUFOにむけて戦車砲をうちまくり、ただでさえ混乱していた宇宙人たちは恐慌をきたし壊滅した。
「歓楽街は守られた……俺たちの、美人局文化を守ったんだ!」陸軍大臣は言った。それを見た王子はグミとして、考えた。このままアメリカと講和し、有利な条件で同盟を結ぼう。できればアメリカを属国にしよう。やつらはグミについてくる袋みたいな存在で、主役ではない。そしてはたと膝を打ち、アメリカに進軍すると言明した。陸軍大臣はじめ、国民は「グミは狂った」と騒いだ。
「昨日までほうれん草作ってた我が国が、アメリカと戦うつもりか!」国民たちは自国の産業力の程度を分からせるため、みなでほうれん草を両手にもって夜中に王子の家に押し掛けた。
「これをみろ! これが我が国の作ってるもんだ! ネジの千倍はほうれん草つくってるんだ!」
するとグミがでてくる。さっきまで寝てたのでナイトキャップをかぶっていた。
「秘策がある! ほうれん草でアメリカに勝つ!」そしてグミは策を講じ始めた……それはこうである。アメリカに美女を送り込む。アメリカ兵の駐屯地近くで立たせ、誘う。ベッドインしたら、ほうれん草を喉に詰めて殺す!
「我が国には、アメリカ兵二十万人を窒息死させるだけのほうれん草がある!」しかしこの作戦は失敗した……大量のほうれん草を輸出する際、アメリカの関税局が意味不明な量のほうれん草に不審を抱き、先制攻撃の爆撃をしかけてきたのでグミたちは何もする前から何もできなくなってしまった。陸軍大臣を罷免され農夫に戻った男は膝をついてくやんだ。
「グミに任せたのが、そもそもの間違いだったのだ」畑の真ん中で沈んでいると、突如そこにUFOが一つ飛来した。
「こまってるようだな」宇宙人が言った。「我々は経験豊かな指揮官を捜しているところだ。我々はアメリカに恨みがある。ここは共通の敵ということで、君にはうちの艦隊司令官になってほしい。協力してくれないか?」
それを聞いた農夫、飛び上がって喜び、「こんな田舎の国、しかも王子はグミ、愛想が尽きてたところでえ。喜んで拝命いたしまさあ」そしていざ旗艦のUFOにのりこみ、ブリッジで勇んでいると、そこに現れた宇宙王。
「貴様、誰の許可を得てそこにふんぞりがえっとるんじゃあ!!」
「うえええっ、だってそういう話じゃありませんでしたっけええええええっ?」
「皆の者、こいつは処刑だ! 処刑処刑!」
「うえええっ何で!? なんでなんで?」
「とにかく処刑!」
「すいませんなんでもしますから!」
「じゃあ誠意を見せてもらおうか!!」こうして元艦隊司令官は十万ドルの慰謝料と実家の土地建物をあけわたした。
「……美人局だったか!!」気づいた時にはもう遅かった……そうして農夫に戻った男の肩をグミがぽんと叩いた(乗った)。
「うらぎったこと、せめないよ……ただ、周りの目もあるから、けじめだけつけてもらおうか……」こうして農夫は、陸軍大臣に復帰する代わりに、けじめとして十万ドルをグミにも支払った。
「こいつ……ひょっとして、グル……?」
「さて!」グミは対アメリカ戦争のため宇宙王と正式に同盟し、会議を開いた。「我々はどうすればアメリカに勝てるか!」グミは一同を見回す。だが陸軍大臣も宇宙王もうつむいたまま喋らない。当然だ……アメリカに勝てるわけがないのだ。しょせん、俺たちは美人局でちょろく稼ぐのがお似合いのゴロツキなのかな! どうせ、本当の工業国には勝てるわけがないのかな! ほうれん草食べて、ときどき歓楽街いって、人生ってすいもあまいもあるね、とか知ったようなこと言ってぼんやり生きて、そして死んでいくのが身の丈にあってるのかな! っていうか宇宙王がアメリカに勝てないってなんだよ! グミはひとしれず腹立たしかった。
「宇宙王、あなたはいったい、なんの王なのだ!」いっこうに進まない会議についにグミはキレる。
「私は……」宇宙王は口を開いた。「私は、パントマイムの王なのだ!」会議に電撃が走る。これには陸軍大臣は唖然、グミも失笑。
「なるほど……そうであるなら我らが進撃目標、定まったぞ!」グミは跳ねる。「武力での侵略が無理なら、文化での侵略を行う! 目指すのはブロードウェイ! 陸軍大臣、お前をマイマーに任命する。宇宙王とともにブロードウェイに立ってみせよ!」
「ふざけんな!」
こうしてマイマーはUFOに連れ込まれアメリカへと飛び立った。その後の彼の職歴は謎に包まれている。
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この記事のライター
小説家。「ネオ癒し派宣言 劇団無敵」主宰。油絵も描いてる。