有吉弘行の大ヒット曲をプロデュースした秋元康
今や毒舌司会としての確固たる地位を築いた有吉弘行ですが、もともとは猿岩石という二人組として活動していました。今回は、有吉弘行の略歴を、懐かしの猿岩石や電波少年、そして秋元康との関係などと共に振り返りましょう。
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もともとは二人組
有吉弘行がいつもひとりでテレビに出ており、相方はどこへ行ったのかと疑問に思う方もいるのではないでしょうか。もともと有吉弘行は猿岩石という二人組でテレビに出演しており、90年代にはいくつかの曲をリリースし、90年代のJ-POPを振り返ると必ずと言っていいほど登場します。
彼らのコンビ名が認知されるようになったのは、日本テレビ系列「電波少年」で挑戦したヒッチハイク旅企画がヒットしてからでした。
過酷な挑戦を続ける彼らを応援するために作られた応援歌が、サンプラザ中野による「旅人よ 〜The Longest Journey」でした。
CDデビュー
ヒッチハイク旅がゴールを迎え、日本中で人気絶頂となった猿岩石は、1996年12月にCDデビューを果たします。そして、実はこのプロデュースに携わったのが、あの秋元康だったのです。
出典:otowota.com
いまやAKB48のプロデューサーとしてその名を轟かせている秋元康がプロデューサーを務め、元チェッカーズの藤井フミヤと藤井尚之の兄弟が作詞作曲を行いました。そのデビュー曲が「白い雲のように」です。
猿岩石ツアー/白い雲のように
iTunes Store で 猿岩石「猿岩石 ゴールデン☆ベスト~白い雲のように」の曲をプレビュー。 「猿岩石 ゴールデン☆ベスト~白い雲のように」をプレビューして ¥2,000 で購入。曲は ¥250 から。
ぜひカラオケで
出典:i.ytimg.com
今は芸能界から引退している森脇氏のほうが有吉弘行よりも歌が上手だったという話もちらほら聞きますが、「白い雲のように」は今でもカラオケでは20代〜30代にはよく歌われる、懐かしの名曲として残っています。
90年代を代表する名曲である「白い雲のように」を次のカラオケの機会で選曲してみてはいかがでしょうか。
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